「負けた悔しさや、
何をやってもうまく
いかないもどかしさも、
豊かになるために必要なもの」中村憲剛さん
(JFAロールモデルコーチ)インタビュー
2021/08/13サッカーファミリーの声
日本サッカー協会(JFA)は2021年9月に創立100周年を迎えます。ここではサッカーの魅力について考えるきっかけにするために、さまざまなサッカーファミリーにインタビューを実施します。第15回目は元日本代表で現在はJFAロールモデルコーチを務める中村憲剛さんに登場いただきました。 ○オンライン取材日:2021年7月29日
サッカーと出合ったきっかけを教えてください。
幼稚園から小学校に上がる時に、母親が府ロクSCを探してくれて、入団しました。6歳の頃なので僕自身は覚えていないんですけど、バットを振るよりもボールを蹴ることが多かったようで、それを見て母親がチームを探してくれました。府ロクSCは何かを強制してやらせるのではなく、たくさん試合をして、楽しく強くなるというのがモットーだったので、サッカーにどんどんのめり込んでいきました。
サッカー選手が現実的な目標になったのはいつ頃でしょうか。
なりたいと強く思って行動に移したのは大学4年生の時です。僕が在籍していた中央大学はよくJクラブとトレーニングマッチをしていて、1年生の頃は何もできなかったのが、4年生の頃にはサテライトの選手と渡り合えるようになりました。自分の力を試したいという気持ちが強くなり、監督とコーチに「Jクラブに練習に行かせてください」とお願いして、紹介していただいたのが川崎フロンターレでした。
その後、プロとして18年ものキャリアを積み上げ、日本代表でも活躍できた要因はどこにあると思いますか?
自分の可能性に蓋をしなかったことですね。「難しいな」とは思っても、「無理だな」と思って諦めるという選択を取ったことは一度もなかったですし、日本代表も、なれないと思ったことは一度もないです。フロンターレに入ってカテゴリーが上がり、どんどん試合をして成長していくことで、自然と近づいていきました。目の前のことに一生懸命、取り組むことで道が切り拓かれていくという人生を歩めたのも、自分の可能性に蓋をしなかったからだと思います。
サッカーと出合ったことで、人生はどのように豊かになりましたか。
小さい頃は自己主張ばかりで周囲に当たり散らすような子どもでしたが、それではよくないと気づかせてもらいましたし、サッカーをやっていなかったらこんな思いはしなかったのに、という経験を、よくも悪くもたくさん重ねてきました。いい経験だけではなく、負けた悔しさや、何をやってもうまくいかないもどかしさも、豊かになるために必要なものだと思います。
2020年限りで現役を引退し、現在はフロンターレのFRO(Frontale Relations Organizer)として活動しています。
いろいろなことをやらせてもらっているのですが、それは僕自身が望んだことでもあって、自分が培ってきたものを各方面に還元したいという想いで取り組んでいます。クラブの中では特に育成のところに携わっていて、U-18やU-15のトレーニングやゲームに不定期ですが行かせてもらってプレーを見て、アドバイスをしています。
JFAのロールモデルコーチも務めています。U-17日本代表の選手たちの印象はいかがですか?
既存の枠組みの中でやっているうちは面白くないですし、言われたことを一生懸命やろうとするだけでなく、僕たちの想像の上を行くような選手をたくさん育てていきたいですね。自分が携わることで、どうすれば化学反応が起こせるかを常に考えています。
JFAは今年9月に100周年を迎えます。
多くの先人が道を切り拓き、僕らの世代や今の現役選手たちがそれをつないで、その中で時代の流れに応じてアップデートやアジャストをしながら、日本サッカーの発展速度を上げるためにみんなで取り組んできた100年ですから、日本人の真面目さや勤勉さが色濃く出ていると思います。ここまで来られたのは先人たちの努力と、今のみんなの努力が積み重なった成果だと思います。
今後、どのような形でサッカーに貢献していきたいと考えていますか?
僕のような道のりでプロになり、日本代表になった選手はそんなに多くないと思うんです。エリート街道ではなく、むしろ日陰を歩み続け、ギリギリでフロンターレに入った人間なので、そういう立場の若い選手たちにもアドバイスしていけたらと思っています。日が当たらなくても、目の前のことにがむしゃらに食らいついていけば道は拓ける、というのは、僕にしか言えないことだと思います。
未来を担う子どもたちへのメッセージをお願いします。
競争社会の中、競争に勝った子しか楽しめなくなっていると感じてます。競争から漏れる子のほうが多く、その子たちがサッカーをやめてしまうケースもあります。それってすごく残念なことじゃないですか。歳を重ねてもみんなでサッカーを楽しめるような環境を、子どもたちに残してあげたいと考えています。
これからの100年間でサッカーやJFAに期待することを教えてください。
ワールドカップ優勝を目指すのもいいですが、一方で、誰もが永続的にサッカーを楽しめる国にしたいですね。ワールドカップ優勝を目標にすることで競技力や技術力はアップすると思いますが、どんなレベルの人達でも長くサッカーを楽しめる環境にすることは、それと同じぐらい大切なことだと個人的には思います。サッカーを楽しむ人の数が増えれば増えるほど日本サッカーの幅が広がると思いますし、人々のそばに、当たり前のようにサッカーがあるような空気感を、サッカーに携わる人間としてつくっていきたいですね。
- プロフィール
- 中村 憲剛(なかむら けんご)
1980年10月31日生まれ、東京都出身
小学1年時にサッカーを始め、東京都立久留米高校、中央大学を経て、2003年に川崎フロンターレに加入。プロ1年目から試合出場を重ね、06年に日本代表に初選出される。07年のAFCアジアカップ、10年のFIFAワールドカップに出場。クラブでは8度のJリーグベストイレブン、最優優秀選手(16年)に選出されるなど川崎Fを象徴する選手として活躍。17年、18年、20年のリーグ優勝にも大きく貢献し、2020シーズンをもって現役を引退する。現在は、育成年代への指導や解説活動等を通じて、サッカー界の発展に精力を注いでいる。