2019.12.27
全国の舞台で活躍した選手はどのような家庭環境で育ち、成長したのか。ここでは全国高校サッカー選手権で親子鷹として注目された大塚一朗・翔親子の物語をお届けします。
インタビュー前編 ~高校サッカーの名門、富山第一で実現した“監督とキャプテン”の関係性~ 大塚一朗監督・翔選手
“コーチとその息子”から“監督とその息子”へ、そして“親子であり、監督とキャプテンでもある関係”となった富山第一高校の大塚一朗氏と大塚翔。2013年12月、2人は全国高校サッカー選手権大会に挑んだ。翔にとって最後の選手権となる第92回大会は「国立最蹴章」と銘打たれ、改修前の国立競技場が使用される最後の大会だった。
初戦は長崎総合科学大学附属高校に3-2、2回戦は熊本国府高校に1-0と、九州勢を相手にギリギリの勝負を演じた。浦和駒場スタジアムで行われた3回戦の市立浦和高校戦は、「スタンドが満員で、相手がボールを持ったら歓声が沸き起こる。決勝戦かな、と思ったぐらい」と翔が振り返るほどの雰囲気の中、3-2で辛勝した。
準々決勝の日章学園戦に4-0で勝利し、迎えた国立競技場での準決勝、四日市中央工業高校戦。さまざまな苦難を乗り越えた翔でさえ「ふわふわと宙に浮いている感じだった」という特別な舞台での一戦は、2-2でPK戦に突入し、“PK職人”の異名を持つ控えGKの田子真太郎が持ち味を発揮する。事前のミーティングでGKコーチとの間で跳ぶ方向のサインを決めていたが、田子は1本目、2本目とサインと逆方向に跳んだ。「あいつ、舞い上がってるな……」と一朗氏が思った次の瞬間、田子は3本目をストップして決勝進出を手繰り寄せた。
決勝は星稜高校との“北陸勢対決”となった。序盤からペースを握って得点を奪い、逃げ切るのが富山第一の必勝パターンだが、この試合では34分にPKで先制点を奪われてしまう。この代のチームは、公式戦で一度も逆転勝ちをしたことがなかった。
「最後の試合で逆転勝ちする。神様が最後にそういうシチュエーションを準備してくれたんだ。最後まで諦めずに戦って逆転勝ちして、最高の優勝にしよう!」
ハーフタイム、一朗氏は選手たちにそう声を掛けたが、70分に追加点を奪われてしまう。まさに絶体絶命の状況となるが、ここから「国立最蹴章」にふさわしい劇的なドラマが待っていた。
87分にカウンターから高浪奨が決めて追い上げると、90+2分にはスローインの流れから竹澤昂樹がペナルティーエリア内で倒され、PKを獲得する。蹴るのはキャプテンで10番を背負う翔。一朗氏の脳裏には、2年前の県予選決勝で息子がシュートをポストに当て、選手権出場を逃したシーンがよぎった。
「外したらどうなるんだろう……」
しかし、当の翔は驚くほど冷静だった。この大会で、彼はそれまで2回PKを蹴る機会があり、いずれも向かって右に蹴って成功させていた。しかし、この時は相手GKの表情を見て「読まれている」と感じ、あえて左に蹴った。「決められなければ試合終了、敗戦」という極限状態で翔がキックを成功させた次の瞬間、後半終了のホイッスルが鳴った。
2-2で突入した延長後半終了間際の109分、城山典のロングスローから村井和樹が左足で豪快に蹴り込み、ついに逆転に成功する。直後の110+1分、翔は平寛治との交代でベンチに退く。この時、一朗氏はコーチに対して退く選手を「渡辺仁史朗」と至近距離で告げたそうだが、なぜか掲示された番号は「10」。この伝達ミスにより、退いた翔が一朗氏と抱擁を交わすシーンが偶然生まれた。
直後に試合終了となり、富山第一は富山県勢として初優勝を飾った。一朗氏はこの試合で生まれた3つの得点シーンについて、こんな裏話を教えてくれた。
「1点目を決めた高浪は兄弟が多く、家計を助けるため大学進学を諦めて就職しました。そんな高浪が決めた1点目は家族のためのゴール。2点目の翔は、PKを蹴る前にスタンドの3年生の目を見て気持ちを落ち着けた。だから2点目は仲間のためのゴールです。3点目は城山のスローインからでしたけど、彼は母親を脳腫瘍で亡くしていて、あの時、ふと母親を思い出して『お母さん!』と叫びながら投げたそうです。普段は翔の頭に合わせるのが、あの時はいつもより飛距離が出て翔の頭を越え、村井の前にこぼれた。3点目は亡くなった母親のためのゴールですね。もっと言うと、高浪も翔も村井も、みんな父親が富山第一のサッカー部OBなんです。伝統が継承されている感じもしました」
1年時にどん底に落とされ、そこから立ち直り、一歩ずつ積み上げて最高のフィナーレを迎えた大塚翔。「理想の親父で、理想の監督」と評する一朗氏とともに歩んだ3年間は、彼の人生で最も濃密な時間だったはずだ。高校卒業後、翔は関西学院大学を経てFC琉球に加入し、2年間を過ごした。2020年はオーストラリアでの挑戦が決まっている。
旅立つ直前、翔は第98回大会に出場する母校の応援に向かう。「毎年、この時期は練習に参加させてもらうんです。そこで選手たちの名前も覚えて、応援するんですよ」。富山第一の伝統は親から子へ、先輩から後輩へと、確実に受け継がれていく。
インタビュー前編 ~高校サッカーの名門、富山第一で実現した“監督とキャプテン”の関係性~ 大塚一朗監督・翔選手
大会期間:2019/12/30(月)~2020/1/13(月・祝)