2025.8.22
サッカー日本代表コーチ
前田遼一コーチ 囲み取材一問一答
※この取材は2025年8月22日に行われました
――就任してからここまでで、1番印象に残っていることは何でしょうか。 「今、パッと思い浮かんだのは、アジア最終予選でのファーストゴールがセットプレーから生まれたことです。(遠藤)航のゴールが生まれたのが印象に残っていますね」
――狙い通りだったのでしょうか。 「そうですね。練習通りの形を選手たちが出してくれました」
――前田コーチは2020年シーズンで引退して、その後、ジュビロに戻って指導者をしていました。指導歴2年で代表チームへの抜擢は異例だと思いますが、その経緯と就任が決まったときの思いを聞かせてください。 「経緯は藤田俊哉さんから『こういう話があるぞ』と言われて、もちろん名誉なことですし、すごくありがたい話でした。ただ、自分がやっていた当時の仕事、任されていた仕事に対してもやり甲斐を感じていました。迷った中で引き受けさせてもらったという形です」
――森保さんからはどんな言葉をかけられたのでしょうか。 「森保さんと直接お話ししたのは年末でした。ただその前に電話で『一緒にやろう』と言っていただいていたので、お会いしたときには自分から『お願いします』とすぐにお伝えしました。『一緒にやろう』と言ってもらったことが全てかなと思います」
――選手と接する際に気をつけていることは何かありますか。日本代表のコーチとして、どういったことを選手に伝えていきたいでしょうか。 「基本的にコミュニケーションを取る内容としてはセットプレーのことが多いのですが、監督は常々『まずはオープンプレーが大事』ということをおっしゃっています。セットプレーの練習は前日に行うことが多いので、オープンプレーの練習日や、それ以外の日にセットプレーの話は極力しないように意識しています。そしてセットプレーの練習の時には自分の考えをしっかり理解してもらうために、より簡潔に、よりシンプルに伝えることを意識しています。今はセットプレーの仕事を任されているので、そこで1つでも多くの得点やチャンスを作って、日本の勝利に貢献したいと考えています。今はそれを中心に、中心というか、そればかり考えていますね」
――短い代表活動のなかで工夫されていることは何かありますか。 「今言ったように、ミーティングで伝えることをシンプルにするということもそうですし、選手は所属チームでも色々なやり方に対応しているので、そういうのもしっかり理解した上で伝えようとしています。何をしているのかを理解した上で伝える、むしろいいなと思ったらそのまま取り入れたりもします。そういうふうに、選手がよりトライしやすいようにと考えてやっています」
――セットプレーの重要性では、過去の試合でももったいない失点がいくつかありました。そういった教訓をチームとしてどう共有していますか? 「僕はあくまで攻撃担当なのですが、先程の話の通り、監督はセットプレーの重要性を知った上で、まずはオープンプレーを大事にしています。本当に時間がなかったらセットプレーの練習をしないこともあり得るよ、ということも伝えられています。重要ではあるものの、その優先順位は伝えられていて、みんなそれを理解しています」
――E-1選手権で非常に背の高い選手が並ぶ時間帯がありました。今後、日本にとってプラスの材料になることだと思いますが、いかがでしょうか。 「背が高い選手、そしてそこまで高くなくても本当にヘディングの強い選手があのときは揃った中で、ここで点を取りたいという思いは人一倍あったのですが、実際には取れませんでした。これから世界の相手と戦う中で、今はサイズの大きい選手が日本にもいます。そういう選手たちをしっかり生かして得点を挙げることができたらと考えています」
――コーナーキックで相手がイレギュラーなことをしてきたときは、相手に合わせるのか、それでも自分たちが準備してきた形をやるのでしょうか。本大会を見据えてどちらを優先しようと考えていますか。 「基本は後者だと思いますが、選手たちには想定外のことも伝えないといけないとは思っています。ですから、想定外のことをしっかり伝えた上で、自分たちのやり方をしっかり出せていけたらと今は考えています。今後、変わるかもしれませんが、現時点ではそういう考えを持っています」
――攻撃のセットプレーにおいて人数を増やすか、減らすかの判断は、どなたから発信で決まっていくのでしょうか。 「リスク管理のところは守備を担当している齊藤俊秀さんですね。シモさん(下田崇コーチ)にも相談しますが、まずは俊さんの話を聞いていますね」
――試合中にでしょうか。 「試合中も、試合前からも『誰を下げますか?』とか、そういう話をしながらいつも構築させてもらっています」
――世界ではサインプレーがより綿密に準備されています。他のチームがやっていることの吸収と、実際に行う準備はされているのでしょうか。 「セットプレーコーチとしてテクニカルスタッフの渡邉秀朗君が加わってくれたのですが、彼はもともとオリンピックのチームを担当していたので、オリンピック世代やアンダーカテゴリーがやってきたことの情報や知識を教えてもらったりしています。つい先ほどもそういうミーティングがありました。そうやって常に色々な知識を共有してもらえる場にいるので、そこは非常に大きいと感じています」
――メキシコ代表はゴールドカップで凄まじいセットプレーを見せていました。攻撃担当ではありますが、守備にも還元できるものがあったのではないでしょうか。 「メキシコは、本当に参考になると思って見ていました。昨日も下田さんと、『あのやり方いいですね』とか、『自分たちはどうやって守ろうと考えているんですか』とか、そういう意見交換をしました。自分たちの攻撃に活かせないかなというのは常々考えています」
――現役時代からセットプレーは意識して考えてプレーされていたのでしょうか。 「現役当時は、本当に何も考えてなくて。監督に最初に話してもらったときも、『本当に今、力になれるかわかりません』ということを正直にお伝えした上でやらせていただくことになりました。それぐらい本当に感覚でやっていたなという感じですね」
――そこから、どのようにセットプレーの知識を身につけようと思われたのでしょう。 「普段、選手の所属クラブでの映像を色々と見させてもらうので、その試合を見ているだけでも本当に色々なアイディアがあると感じています。先ほどのメキシコのように、対戦相手の映像を見たときにヒントをもらうこともありますし、あとは選手に話を聞いたりもします。Jリーグのチームの練習を見させてもらうこともあるので、そうやって少しでも色々なアイディアを吸収できるようにやっています」
――今の日本代表の戦略は他国にも見られていると思いますが、その上でさらに上回っていくためには何が必要になるでしょうか。 「特別なことは考えていませんが、いま話をしたような選手の日常をしっかり理解した上で、これまでもやってきた相手の分析をしっかりやり続けてワールドカップに臨みたいと思っています。それでもまだダメだとなったら、また新しいことにトライしたい。もちろん新しいことは常に探していますが、自分のスタンスとしてはまずはそういう形で行こうと思っています」
――コーチ陣の役割分担がはっきりしていますが、セットプレーの攻撃を担当するようになったはどういう経緯なのでしょうか。 「前任の上野優作さんがやられていたところに僕を入れてもらったので、自然と担当することになりました」
――約1年後にコーチとして臨むワールドカップについて、どういう心境でしょうか。 「現役時代ももちろん楽しみにしていましたが、出場が決まった後に監督が『誰も保証されていない、それは自分も含めて』とおっしゃっていて。その言葉が自分の中に残っていて、もちろん1年後のワールドカップの舞台で結果を出すためにやるのですが、次の9月に結果を残せなければ、もしかしたらという思いもしっかり胸に持ちながら臨みたいです」
――試合の臨む場合、例えばコーナーキックなら何種類ぐらい持って臨むのでしょうか。 「試合によって違いますね。多い試合でも2、3個でしょうか」
――出す順番みたいなものは決まっているのでしょうか。 「それも試合によって違いますね」
――こういう試合ならこうするみたいものがあるのでしょうか。 「あるのですが、説明が難しくて。対戦相手を見て、何を1番に出したらいいかや、そういうことは話し合いながら決めています」
――毎試合、違うものを3つぐらい用意して試合に臨むのでしょうか。 「そういうときが多いですね」
――フリーキックの場合はこのポジションならこういうことをやろうとあらかじめ決めているのですか。 「そうですね。フリーキックも場所や試合によって違ってきます」
――普段、試合の映像はセットプレーの場面を抽出して見ているのでしょうか。それとも試合の流れも見ていますか。 「基本的には1試合を通して見て、その中でセットプレー、という見方をすることが多いです」
――流れの中でこういうときはこういうものを使ったほうがいいということもあるのでしょうか。 「攻撃の目線でもそうですし、守備側の配置なども流れから見た方が色々なものが見えるので、今はそちらの方がほとんどですかね」
――セットプレーを考えている時間は全体の中でどれぐらいの割合なのでしょうか。 「今の話と同じになってしまうかもしれませんが、10割セットプレーという感じでは見ておらず、試合全体を見た中で、その中にセットプレーも入っている、というような感じで見ています。実際の活動になったら担当するのがセットプレーなので、そこに対して10割近く時間をかけることも多いです。ただ準備する上ではそうではありません」
――練習の時にはセットプレー以外の指導もされているのでしょうか。 「そんなに多くないですが、しています」
――先ほど、現役時代は感覚でプレーしていたとおっしゃっていました。 「自分では考えていたつもりだったのですが、ここに入れてもらったら、感覚だったなと。何も考えてなかったんだなと思わされています」
――代表ではデザインされたものをやることが多いと思いますが、選手の感覚でアレンジしたり、違う動きを試合でやったこともあるのでしょうか。 「そういうときもありますね。ただ今は比較的、伝えたことを選手がトライしてくれることの方が多いです。最後にアレンジして得点が生まれたシーンももちろんありました」
――最終予選が始まって、特に去年の試合はコーナーキックからアウトスイングのボールがゴールに繋がっていました。相手を見て有効だと感じるのか、それとも日本にいるキッカーや受け手の相性を考えた際に、その方が有効だという判断なのでしょうか。 「アウトスイングでゴールが生まれたのは意図的というよりも、インスイング、アウトスイング両方を用意しておくことが予選では多かったです。僕の印象ですが、キッカーも右利きと左利きの両方がいるときがそんなに多くありませんでした。両方を用意はしていましたが、狙ってインスイングとアウトスイングを使い分けていたわけではなく、結果的にアウトスイングでのゴールが多く生まれたというイメージです」
――相手の分析から隙ができる位置を示して、球種よりも誰がそこに入るかを伝えるのでしょうか。 「球種のことは基本的に僕から選手に伝えることはほとんどありません。名波さんが少しアドバイスをしてくれたりすることはありますが、球種に関してはキッカーである選手の能力が本当に一番大きいかなと思います。感覚や、そのときにどういうボールが一番いいかというのは選手が選んで、選択してやってくれたことです」
――セットプレー以外で、ストライカーから相談を受けたり、FW陣に助言したことはありますか。 「それほど多くないです。たまにあるくらいですかね(笑)。たまにと言いながら、いま思い浮かんだのは、攻撃のことよりも守備のことについてです。たとえばコーナーキックのリスク管理のことをFWの選手に伝えたり、とか。FWの選手が点を取るために、僕から何か話をしたということはほとんど記憶にないですね」
――今の日本代表のストライカーをどう見ていますか。 「やっぱり世界で、欧州チャンピオンズリーグに出ている選手もいて、自分の実績なんかよりはるか上のところでプレーしている選手たちだなと感じますし、リスペクトしています。ただ監督がFWの選手に求めることはどういう立場の選手に対しても一貫していると感じるので、それができていないときには一言、声を掛けられたらいいなと思っています。でも、やっぱりまずはリスペクトがありますね。ただ、そういう選手たちでもいつでも点を取れるわけではないので、どうしたらいいのか悩んでいるんだろうなと思ったときは、僕自身も映像を見ながら答えを考えています。なかなか見つかりませんが、このときはどうしたらいいのかなとか、1対1のシーンとかを何回も見直したりしています」
――セットプレーはキッカーが7割と言われましたが、今はデザインなども重要で、その割合は変わってきているのでしょうか。 「割合は変わっていないかなと思います。やはりキッカーは非常に大事だとすごく感じています」
――キッカー選びにも関わっていますか。 「もちろん最後に森保監督に確認しますが、キッカーに関してはセットプレーコーチのヒデや名波さんと話をすることが多いです。その中で決めていきます」
――クイックリスタートはオープンプレーに近いと思いますが、どのような指示をされているんでしょうか。 「チームコンセプトとしてクイックの意識を持つということは常々監督もおっしゃっているので、セットプレーでも狙ってほしいというのは常に伝えています。ただ、しっかりとセットして時間を掛けるときとのメリハリはしっかり持ってもらうようにしています」
――スローインからの得点も世界的に増えています。ロングスローのほかにデザインされたものもありますが、今後、日本代表では何か考えていますか。 「活動の中でも戦術的な練習として必ずスローインのトレーニングは入っています。ただそこは僕は担当していませんね」
――ロングスロワーは今まであまりいませんでしたが、今は町野修斗が投げられますね。 「投げられる選手がいることで、監督から『ロングスローはどう?』という話があったこともあります。先日のE-1では一度だけでしたがロングスローを試しました。この先もやっていく可能性があるのかなと、常に視野に入れながらやっています」
――コーチになって自分が変わった部分はありますか。 「今、パッと思いつくことは無いのですが、逆に選手時代にやっていたことが指導者になっても継続している印象が自分の中にあります。ただやはり変化しないといけない部分もあるなというのは今すごく感じています。質問の答えと少し異なるかもしれませんが、変われるところはどんどん今からでも変わっていかないと、ということは感じています」
――コーチになってから日本代表のチームや選手が伸びた瞬間、変わった瞬間を感じたことはありますか。選手が一皮むけたような。 「この仕事に加わらせてもらってからは、変化したという印象を受けた場面はあまりないですね。それよりも、どんな相手に対しても臆せず堂々とプレーできるんだなということをすごく感じています。常にどんどん成長していっているなと思います」
――今の選手たちは安定して力を発揮できるという印象でしょうか。 「はい。一番印象に残っているのはアウェイでドイツと試合したとき。僕の就任から間もないタイミングだったのですが、そういう相手でも全く臆することなくプレーしている姿を見たときに、普段からそういう選手と戦っているからもう当たり前のことなんだなと、僕自身は感じていました」
――最終予選でこの選手が伸びた、輝いたと印象に残る選手はいますか。 「この選手というのは難しいですね。色々な選手が活躍したからこその突破だと思うので」
――9月以降の試合では、ワールドカップに向けてセットプレーの手の内を隠しておきたいのでしょうか。 「継続して積み上げることと、新しいことの両方をやっていきたいです。手の内を隠すよりも、どんどんチャレンジしてやっていこうと、今はその考えの方が強いですね。これから本当にいい相手と戦えるので、今はそういうイメージを持っています。変わるかもしれませんが(笑)」