2025.8.21
サッカー日本代表フィジカルコーチ
松本良一フィジカルコーチ 囲み取材一問一答
※この取材は2025年8月21日に行われました
──前回の取材機会は2022年のカタール・ワールドカップ前でした。あれから3年で自身の仕事内容に変化はありましたか? 「カタール・ワールドカップが終わって仕事を続けることになり、まずは(次回の開催地)アメリカのこと、カナダのこと、メキシコのことを考えなければなりませんでした。皆さんもご存知の通り、今度のワールドカップは壮大なスケールとスケジュールで行われます。そう考えると、カタールの素晴らしさ……どこへ行くにもアクセスが良くて、スタジアムの環境が良かった。そのことを踏まえると、まずは私自身がアメリカの環境、カナダの環境、メキシコの環境を知らなければなりませんでした。ということで早速ではありましたが、(北中米の)ワールドカップ出場を決める前から行動し、実際に現地へ足を運んで、色々な活動を行ってきました。前回大会よりも色々な面でタイミングが早くなって、私自身もすごくハードに仕事させていただいています」
──具体的にはどのような視察を行いましたか。
「レギュレーションで(試合会場が)3つのゾーン(東部、中部、西部地域)に分かれることが決まっていますが、グループによってはゾーンを越えることが決まっていて、まずは我々がポット2に入った時にどう動くのかを下調べしました。そこから実際にどのような移動が行われる可能性があるのか計画を立てて、カナダに足を運び、2024年に行われたコパ・アメリカを視察しました。ほぼワールドカップと同じようなスケジュールで流れていったので、足を運んで、ゲームがどのような環境下で行われるのか、そしてその中で選手がどのようなプレーをしているのか、試合が進むにつれて選手がどのように疲弊していくのか、パフォーマンスが変わっていくのかを調べました。
今年に関しても、先日のE-1選手権が終了し、そのままにすぐにアメリカへ足を運び、メジャーリーグサッカーだけではなく、メキシコとアメリカ、あとはカナダのチームが行うリーグカップを視察しました。カナダのチームがすべてアメリカで試合を行っていたので、色々な移動がどんな影響を及ぼすのか、メキシコのチームの場合はどうなのか、メキシコのチームが高地から低地へ降りた時にどのようなパフォーマンスになっているのか、果たしてそれが高地トレーニングによって良いパフォーマンスを引き起こしているのか、引き起こしてないのか、暑さに負けるのか負けていないのか。今回はそのようなことを色々考えながら視察させていただきました」
──実際に現地を見て、どんな感想を持ちましたか。何が一番大変だと感じたのでしょうか。 「ネットを通じて見たり、地図で確認したりするものとはやはり違います。現地の知人や友人の家族、そういう方々からもたくさんお話を聞きましたが、実際は西から東、東から西へ移動すると4、5時間かかります。日本から飛行機に乗って4時間、5時間移動したら北京や香港に行けますが、我々に北京や香港の事情がわからないように、同じアメリカでも実際のところ現地の事情はわからないんですよね。ですからやっぱり足を運んで、現地の人に話を聞くのが一番だと思いまして。そこで感覚が違うんだなということが分かったのは大きかったです。西に住んでいる人に東のことを聞いても、ちょっと大雑把すぎるところもありますし、現地で実際にサッカーを見ることが一番勉強になりました。私自身、いい視察になりました」
──2014年のブラジル大会でコンディション調整がうまくいかず、期待されたチームが成績を残せませんでした。その教訓は今に生きていますか。 「あの時の教訓として、やはりキャンプ地選びについてはあると思います。色々なキャンプ候補地があったのですが、そこを完全に網羅できていなかったと思うので。まずは色々な情報を仕入れて、仮に『悪い』という言われ方をしていても実際に現地に足を運んで、本当は自分たちにとってメリットになる部分もあるのではないか、反対にデメリットになる部分はどこなのかを調べおかないといけません。もしも第1候補のベースキャンプが取れなかったときには、どうしても他を選択する必要がある。その場所のメリット・デメリットをしっかり把握した上で候補を選ばないとダメだというのは、ブラジル大会の失敗から学ばせていただき、今回、実行に移しました」
──2014年のときは組み合わせが決まる前にキャンプ地を選びました。今回は組み合わせが決まらないとどこにするべきかはわからないでしょうか。 「組み合わせが決まったとしても、希望のベースキャンプ地が取れる保証はないと思うので、第1候補、第2候補、第3候補くらいまで持っている必要があります。あとは西地区、真ん中、東地区のどこに入ったとしても北と南では気候が変わってきたり、移動距離も変わってくるので、その点を考えながら色々な候補を探しています」
──移動が多くなる中で、フィジカルコーチとしてどのようなアプローチをしていきたいですか。場所によって異なると思いますが、基本的に大事になってくるものは? 「まずは移動のタイミングがあります。キックオフ時間が何時になるか分かりませんが、まずは試合が終わってすぐに移動するパターンが考えられます。もう1つのパターンは、例えば次にメキシコシティやグアダラハラに移動する場合などは、試合直後に高地へ行くよりも、まずは低地で酸素のしっかりしている中で体をリカバリーさせてから移動する方法など、色々な考え方が出てきます。あとは飛行機内に機材が用意されているか、どのようなシートになっているのかなど、機内でどのようなメディカル対応ができるのかも重要です。我々もアジア予選で色々と蓄積している部分があるので、そのあたりをうまく活用しながら対応していきたいと思います」
──16会場は全部行かれたのでしょうか。 「そうですね。ほぼ行きました」
──コパ・アメリカの視察で具体的に見えたものは? 「まずは試合に対して色々なスタッツがあって、我々も調べることができますので、そういうものを見たり、あとはトラッキングデータを参考にしたり。メキシコのチームが負ける確率が高くなっているとか、色々なデータがありますので、あまりここでは言えないのですが、裏を返すとメキシコは戦い方を学んでいるという見方もできます。その意味ではメキシコにとってはすでにコパ・アメリカを戦ったメリットがあると思います。我々はアメリカで移動しながら戦った経験がないないので。今回、9月に初めて行いますが、メキシコはそれだけの経験値があると思います」
──数字としては走行距離を見るのですか。 「それだけではなく、色々なものを」
──勝敗も含めて? 「そうですね。はい」
──キャンプ地の候補は今までどれぐらい視察されましたか。 「私は10会場以上は見ていますが、実際に行って環境を見られる場合と、あとは試合を視察する場合もあります。キャンプ地に行って実際に見るところはチーム総務の方が(数は)多いと思います。私としては場所選びが非常に重要で、総務の方はやはり選手が泊まる場所が気になるので、ホテルの環境であったり、ホテルからの距離であったり、そういうところを少し違う視点で見てもらっています」
──キャンプ地の考え方として、例えばグループBなら西海岸での試合が多いですが、グループステージの会場を基本に場所を選ぶのか、ノックアウトステージも見据えるのか。それとも西でも東でも時差を減らすために中央に場所を取るのでしょうか。あるいは大会中にキャンプ地を変えていく考え方で準備していますか。 「おっしゃる通りで、色々な考え方ができると思います。ただ我々が選ぼうとした場所を、FIFAがダメだというケースもあるんです。移動距離がどうしても長くなってしまうという理由で。ですから、そこももう少し詰めていかないといけません。まずはその場所に入って、例えばトロントで試合がありますが、2試合は西海岸で試合が行われるので、本当は真ん中のカンザスあたりにキャンプ地を取りたい。その時に『ここはどうですか』とお伺いを立てなければならないのかなとは思いますが、西で2試合があるので西で取ってくれ、と言われる可能性もあります。そのため両方のキャンプ地やベニューを自分の中で一応把握してるところですね」
──現時点で候補リストみたいなものはアナウンスされていないのでしょうか? 「いや、候補地はアナウンスされています」
──それで抽選後にどこを取れるか? 「そうですね」
──それを想定して動いている? 「そうですね」
──この間、クラブワールドカップが行われ、6試合が天候悪化で試合中断になりました。ほとんどが東地区でしたが、ベンフィカ対チェルシーは残り5分で2時間中断しています。試合後の移動が不可能になる可能性もありますが、そういう例から現時点での準備の方法は変わりましたか。 「私自身も日本でそういう経験がありまして、その時はまずいつ試合が開始・再開されるのかの回答が欲しいところでした。そこから逆算してウォーミングアップが必要になるのか、ならないのか。2時間、3時間後のキックオフになるとここで食事が必要なのか、もしくはミーティングが必要なのか、それともウォーミングアップをして試合に臨むのか、とパターンが生まれてきます。それについては既にコーチ陣と情報を共有していまして、こうなったらこうしようということは、ある程度は自分の中で頭に入れて、あとはそれを実行に移すか移さないかというところになっています。今回の視察で現地の人に聞いた話だと、ベースキャンプ地へ戻ろうというという時に、チャーター機での移動となるので、パイロットの方が自分の仕事の時間外なので操縦はしません、となる可能性もあったようなんです。そういう可能性も聞いたので、本当に移動できるかどうかも確認しないといけないと思っています。あくまでも現地の話なので、ワールドカップとは関係ないとは思いますが。そのような話も聞いています」
──仮に3位でグループを抜ける場合には、どこの会場に行くのかギリギリまでわからないことがあり得ます。多くのパターンを想定しなければいけませんよね。 「現時点では、今、日本はポット2の位置なので、ポット2で1位抜けした場合、2位抜けした場合で考えています。おっしゃった3位抜けの場合には、(次の試合会場候補が)5か所ぐらいあるグループもあります。まだ何とも言えない部分があるので、まずは3位抜けした場合に『ここに行く可能性、ここに行く可能性、ここに行く可能性』というのを全員で共有して、まずはそうならないように、しっかり勝っていきたいという準備と、もしもそうなった場合に絶対にスタッフが焦らないように落ち着いて行動を取れる準備はしています」
──先ほども話にありましたが、9月のアメリカ遠征ではどんなシミュレーションをしますか。 「まずは飛行機移動の部分と時差のところを選手に肌で感じてもらいたいです。あとは先程も話に出てきましたが、西側でプレーすると湿度、気温が低くて、サッカーするには非常に最高の環境で、メディアの皆さんにとっても仕事にはいい環境だと思います。ただそこから東のオハイオ州へ行くと、オハイオ州の方がどうしても暑い。その中で、気温差であったり時差であったり、飛行機移動の感覚を全員で感じ、どのような調整をしていけばいいのか、我々の中で疲れたときの解決策や、疲れた後のピークパフォーマンスに持っていく準備などのシミュレーションしながら実践していきたいと思っています」
──2014年のフロリダでの事前キャンプは成功体験として引き継がれているのか、それとも失敗体験として引き継がれているのでしょうか。 「フロリダでやったこと自体は非常にいいことだと思っています。一方でベースキャンプ地(=イトゥ)の気温が低かったのかなと。あとはベースキャンプ地から試合会場までが非常に遠かったこともあるので、その辺はアップデートしながら、現状ポッド2で考えていますが、どのグループに入ったら何日に初戦があって、どこで事前キャンプを行ったり、トレーニングマッチを組んだり、ということは考えています」
──代表チームに加わって8年目に入りますが、前回のワールドカップからフィジカル、メディカルの部分で、仕事内容について変わった点はありますか。 「色々な測定を行ったり、データを拾ったりしていますが、そのフィードバックをもう少し早くしようということと、あとはメディカルは項目がどうしても増えてくるので、それを見落とさないようなシステムを構築しているところですね。あとは私の方でいつも日々のスケジュールを決めているので、海外組に関して(活動中の)生活が変わったぐらいですね」
──先ほどブラジルのベースキャンプの話が出ましたが、涼しい場所から暑い試合会場に移動して、結果がよくなかった印象があります。基本的な考え方として、ベースキャンプは試合会場と似たような環境がいいのか、それとも暑いなど、少し厳しい環境がいいのでしょうか。 「基本は試合会場に似た環境がいいと思います。ただ今回のようにテキサスで試合がある場合、スタジアムはエアコン付きです。そうなると、そこで練習をするのがベストなのかどうか。勝ち上がっていくにつれて、例えばカンザスでやったり、マイアミで試合をやったり、あとは決勝の舞台のニュージャージーに行くと、どうしても暑い。そこも考えながらやらなければならないので、何がベストなのかを今、色々と考えている最中です。実際は暑いところでやるのがやっぱりベストだと私自身は思います。ただ、テキサスで試合がある場合に、じゃあヒューストンや隣町のサンアントニオでベースキャンプ地を構えようとなると失敗する可能性があると思うので、そこはもう少し精査して選びたいと思っています」
――現代サッカーの過密日程について、トップ選手は2シーズン休みなし状態ですが、どう感じていますか。 「日程の話が先ほどから出ていますが、1位抜け、2位抜け、3位抜けで変わってくることと、どのグループに入るかでスケジュールが変わってくることもあります。例えばカナダのグループBに入ってしまうと、西から東へ飛んで戻ってくるので1週間、間隔が空きますとなる。おっしゃられたように、コンディションを維持するのが大変になる。その間に、その試合が終わって次の試合に出られない選手がいると、たぶん10日以上、(試合間隔が)空いてしまうので、そこはゲーム感覚が狂ってきてしまう。そのときの対応をどうするのか。例えばロシアのワールドカップのときのようにアンダーカテゴリーを一緒に連れて行って紅白戦をしたりするのか、現地のチームを探してトレーニングマッチを行うのか。色々なことが考えられますが、スケジュールで、まずは色々なことが考えられるので、それに対応できるように準備したいと思っています」
――9月のメキシコ代表戦の後、移動を含めて中2日のアメリカ代表戦へのアプローチはどのようにされますか。 「2戦目は、初戦で試合に出た選手が一番スケジュール的にはきついと思います。というのも、やはり試合直後の眠れない中ですぐに飛行機移動があり、しかも長距離移動でまた時差が発生します。まずは試合に出た選手のリカバリーを考えなければならないということと、あとは試合に出ていない選手をどうもっていくのか。練習時間も限られるので、ホテルで何をするのか、お借りできるコロンバスのチームのファシリティーをどう使うのか。今、そこを考えている最中です。ワールドカップでは中2日の試合はありませんが、中3日はあるので、長距離移動についてはいいシミュレーションができるのかなと思っています」
――カタールのような恵まれた環境だと強豪国が有利と言われます。今回は移動もある中、日本の適応力、まじめな国民性というのはプラスなのでは? 「似たような環境で言うと、現在ほとんどの選手が欧州でプレーしていて、その選手たちがアジアに戻ってきて予選を戦う中で、バーレーンやサウジアラビアのジッダのように暑い中でも彼らはうまくアダプトしていいパフォーマンスを見せてくれました。ですから、そこはあまり心配していません。ただワールドカップになると色々なプレッシャーがかかってきて、そこがどうなるかわからないのがまず一点。それでも思い起こせば、一緒に東京オリンピックを戦った選手たちがたくさんいて、そのときやはり、先ほどおっしゃったような日本人の勤勉さというものがすごく出て、リカバリーに対してもいいアプローチをしてくれました。あとはなるべく体温を上げないことが重要になるので、そこのアプローチも、選手自身がしっかりしてくれていました。それらを継続することと、まだ他にもいい方法があると思うので、その辺りをアップデートして選手に伝えていきたいと思います」
――他国は、ここまでの準備を行っていないのでは? 「出場が早く決まったので、早く動けるということ、あとは日本サッカー協会の協力体制のおかげで、出場が決まる前からコパ・アメリカを視察させていただいたというのがあります。ただ、世界で一番動いているのかなと思いきや、現地に行くと『いやいや、何カ国か来ているよ』という話を聞きました(笑)。あっ、もう動いているんだな、というのが現状です。それでもせっかく早く決まったので、早く動けるメリットを最大限に生かして今後も準備を進めていきたいと思っています」
――日本代表のフィジカル能力はどんなところが進化しているのでしょうか。 「今まではトラッキングデータで速いランニングを多く繰り返すのがいいと言われていましたが、そこが過密スケジュールになってきているので、ピンポイントで出力を発揮できる選手が増えてきたのかなと思います。単純に考えると、リーグのレベルが上がったり、選手の体力が上がれば、速いランニングであったりスプリントの距離が延びればそうだよねという話になるのですが、そこはスリム化されてきています。ただ、単にスリム化されたのではなく、ピンポイントで、皆さんの目にもわかるような結果を残せるようなスプリント能力や走力に変わっていっているという印象はあります。実際にデータを見ても各段に増えているということはないのですが、本当に勝負を決めるようなプレーをしてくれたり、相手のチャンスをしっかり止めてくれるような選手も増えてきているので、その辺は安心して見ていられます。あとはそれを継続して、試合に出場できる能力もだんだん高まっているので、安心して私の方は見られています」
――出しどころを選手たちがつかんでいるということでしょうか。 「そうですね。先ほどの話から言うと、過密なスケジュールの中で当てずっぽうで動いても仕方がないので、非常にクレバーになったという言い方がいいんじゃないかと思います」
――フィジカル面でどういう数値をとって、どういうふうにデータを見ているのでしょうか。 「フィジカル面でいうと、所属クラブと共有しているのはトラッキングデータなので、走力の部分が大きいですね」
――身体測定も代表に来たときに行っているのでしょうか。 「そうですね、やっています。以前よりも除脂肪筋肉量が増えた選手はもちろんいますし、あとはそんなに体重は変わっていないものの体つきが変わったという選手がいます。もう見た感じでわかります」
――この4年間で変わったなという選手は? 「個人というよりも、海外に飛び出して今までよりも強度の高いところでやっている選手はやはり体つきが変わってきていますね。海外はピッチコンディションが少し柔らかく、そうなると踏ん張る力が必要になってくるので、そのあたりの体つきは変わってきています」
――筋肉量に表れるものですか? 「表れる選手もいますし、表れないものの少し体つきが変わるとか、いろいろなタイプの選手がいます」