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[特集]アジアサッカーの成長と背景 ~日本とアジア、共に成長するために 海外派遣指導者鼎談 前編
2022年04月12日
2018年からフィリピンでユース育成ダイレクターを務める平田礼次さんと、2021年よりタイで女子代表・U-20女子代表のGKコーチを務める轟奈都子さんをゲストに迎え、日本サッカー協会(JFA)技術委員会の小野剛副委員長との鼎談を実施。アジアで活動することへの思いや各国のサッカー事情、それぞれの活動内容のほか、活動する中での学びや気づきについて話を聞いた。
●鼎談日:2022年1月7日(オンラインで実施)
※本記事はJFAnews2022年2月に掲載されたものです
現地で感じるポテンシャルの高さ アプローチできていない部分に刺激を
小野 最初に、お二人がアジアで活動してみようと思ったきっかけを教えてください。平田さんはフィリピンで活動される以前、JFAの派遣とは別にチャイニーズ・タイペイでも育成年代の代表監督を経験されていますね。
平田 私は20歳の頃にフランスのパリFCでプレーした経験があり、海外のサッカーを多く見てきました。日本がFIFAワールドカップに出場するようになってからはアジア予選の試合を見る機会が増え、世界でも、特にアジアのサッカーに関心を持ちながら日本で活動していました。そしてFC岐阜のアカデミーで海外遠征に行った際、海外で指導することに一層興味を持ち、縁あってチャイニーズ・タイペイで指導することができました。その時に小野さんや眞藤邦彦さん(現、JFAインストラクター)と現地で出会い、指導されている姿を見て「自分もこうありたい」と憧れて、その気持ちがフィリピンでの活動につながりました。
轟 私はセレッソ大阪で一緒に仕事をさせていただいたことのある岡本三代さんがタイ女子代表の監督に就任されることを知り、その任務に大きな魅力を感じました。
岡本さんとはまた一緒に仕事ができたらと思っていて、GKコーチとして一緒にタイで活動したいということを岡本さんに伝えたところ、昨年3月からタイの女子代表とU-20女子代表に関わらせてもらうことになりました。
小野 タイでは女子代表とU-20女子代表で岡本さんが監督、轟さんがGKコーチ、そして、江口なおみさんがフィットネスコーチとして3人で活動されています。活動状況はどのような感じですか。
轟 タイは新型コロナウイルスの影響でリーグ戦が実施されていない状況で、クラブチームもほとんど活動できていません。一方で代表は、協会が強化させたいという強い思いがあって4月から代表の活動を行っています。江口さんはタイ人のフィットネスコーチと一緒にフィジカルトレーニングにアプローチしてくださっていて、体の使い方やけがをしている選手のリハビリ、栄養面についても選手に伝えています。
小野 うまく体が使えるようになればパフォーマンスは高まりますし、栄養や休息などの情報も選手にとって新鮮だったでしょうね。
轟 そう思います。パワーは選手たちにすでに備わっていると感じていたのですが、体の使い方についてはこれまでなかなかアプローチされていなかったんだなと思いました。もともと身体能力が高い選手たちですので江口さんの指導で体幹も安定し、パフォーマンスの向上につながっていると思っています。
小野 これからの成果が楽しみですね。平田さんのフィリピンでの活動はいかがですか。
平田 私は2018年にユース育成ダイレクターとして赴任したのですが、当初は日本でいうトレセン制度を構築したいとのことでしたので、その準備をして、いざスタートという時に急きょU-15とU-19代表の監督をしてほしいと依頼されました。突然の話でしたが、私にとっては監督をしながら各地を回ってフィリピンの選手たちを知ることができて幸いでした。フィリピンは7000以上の島で構成されているのでほとんどが飛行機や船での移動で大変でしたが(笑)。
こちらではTAD(Training Area of Development)プログラムという名称で始めているのですが、こういう育成システムをつくりたいんだというプレゼンテーションも各地で行っています。ほかに、女子代表チームで映像分析や練習の手伝いなど、ユース育成を軸としながらいろいろな事業をサポートしている感じですね。フットサルの強化も連盟が方針として掲げていますので、今後はそちらにも関わることになりそうです。
小野 現地の熱量を上げていく作業は大変だったと思いますが、各地でさまざまな交流を持てたのも代表監督という立場は有利に働いたのではないでしょうか。
平田 そうですね。ポテンシャルの高い選手が地方にたくさんいることを把握できたのは大きかったですね。選手のパスウェイを構築する重要性を再認識しましたし、彼らが順調にトレーニングを積んで成長することができれば、ASEANでベスト4に入る日もそう遠くないと思っています。
フィリピン全土を巡回し、TADプログラムの説明会を開催(写真)。
巡回しながら現状の把握と分析を行った
各国の人々と共に歩む それが日本人指導者の良さ
小野 私も10年ほど前、指導者講習会のためにフィリピンの島々を巡りましたが、各地で尽力されている指導者は熱のある人が多い印象でした。将来への大きな可能性がそこに秘められているということですね。そして今、アジア各国で日本人指導者が求められているのは、こちらの考えや方法を押し付けるのではなく、各国の人々に寄り添って一緒になってサッカーを発展させようという姿勢があるからこそだと思います。
平田 チャイニーズ・タイペイで見た小野さんや眞藤さんが現地の方々と一緒に活動していた姿が、私にとって"生きた教科書"になっています。今でもフィリピンのいろいろな町に行くと「タケシ・オノは元気か?」と聞かれますから。とても誇らしいですし、それに恥じないように私も皆さんとの関係性を大切にしながら前進していきたいと思っています。
小野 現地の人々と共に歩むという姿勢はわれわれが大事にしたい部分です。そうした意味で、コミュニケーションにおいて大切にされていることはありますか。
轟 指導するにあたって言葉の壁を感じています。トレーニング中は私に通訳がつかないので、伝えたいことを瞬時に伝えられないとか、細かいところをうまく説明できないもどかしさがあります。だからこそ、どうすれば伝えられるのかをすごく考えるようになりました。映像を使って説明したり、トレーニング後にGKの選手を集め、そこには通訳の方に入ってもらって振り返る時間を設けたりといろいろな工夫をしています。
平田 フィリピンは英語が分かる人が多いので助かっています。会議の資料も英語ですから。ただ、会議が始まってしばらくは英語で話してくれるのですが、議論が白熱してくると徐々にタガログ語(フィリピン言語の一つ)が混じってきて、いわゆる“タグリッシュ”になっていくので、「すいません、英語でお願いします」と言って戻してもらいます(笑)。フィリピンの方はとても明るくてフレンドリーで、シンプルな英語を使って話してくれますし、覚えた日本語で接してくれたりもします。指導の現場では、逆に今までの日本語の説明は長かったんだなと気づかされて、今では英語でシンプルに的確に伝えるようになりました。
轟 私もスタッフや選手に助けられている部分が多いですね。片言のタイ語で話しかけると、その拙いタイ語をなんとか理解しようと聞いてくれますし、逆に日本語を覚えて伝えてくれる。互いに伝えたい思い、それを吸収しようとする気持ちで接しているので本当に助けられています。
小野 海外での指導に興味はあるけど語学に自信がないという方もいると思いますが、大切なのは伝えたいという気持ちですね。できる、できないではなく、どうやって伝えようとするか、どうやって分かろうとするかが大切です。今お二人が経験されている苦労は日本に帰ってきてからも生きるはずです。
文化や伝統、教育的背景などが異なる国で活動していると、日本との違いに驚いたり、素晴らしく感じるものもあると思います。その点はいかがでしょうか。
轟 最も驚いたのは、計画を立てること、計画通りに進めるということがなかなかうまくいかないところですね。予定もころころ変わります。その半面、頻繁に変わる予定に対応する能力や柔軟性は本当に長けているなと感じます。ただ、もう少し計画的に進められるようになったら、もっと良くなるのになと。
平田 私も似たような経験をしています。急なリクエストや予定の変更がすごく多い。計画的に実行するということは日本人だけが持った特別な能力なのではと思うほどです。ですが、その後に何とかしてしまうパワー、瞬間的にまとまる力はすごい。最初は驚きましたが、今は慣れて事前に準備もできるようになってきたので、それに対応しながら一緒にやっていく楽しさを感じられるようになりました。先方の急な要望にも対応できるようになれば自分の成長にもつながります。即興性、柔軟性は吸収したいところです。
フィリピンでは連盟のスタッフや各年代代表チームのコーチングスタッフらとも連携しながら
育成や強化に取り組む(右端が平田さん)
プロフィール
平田 礼次(ひらた れいじ)
1975年6月26日生まれ、岐阜県出身。JFA公認A級コーチ。帝京高校、PARIS F.C.(フランス)で選手としてプレーした後、1997年からセレッソ大阪サッカースクールで指導。1999~2009年にはJUVEN F.Cで代表理事兼U15・U18監督を務め、2009年よりFC岐阜でU18監督兼アカデミーダイレクターに就任。2014年に台湾台中サッカー協会の発展・強化アドバイザーとして活動し、2015年からはチャイニーズ・タイペイで各年代の代表監督、コーチなどを歴任。2018年からフィリピンサッカー連盟でユース育成ダイレクターとして活動中。
轟 奈都子(とどろき なつこ)
1977年8月17日生まれ、大阪府出身。JFA公認A級コーチ(A-Proコーチライセンス取得見込み)。高校時代は交野FCに所属、卒業後は日本女子サッカーリーグの松下電器パナソニックバンビーナ(2000年スペランツァFC高槻に名称変更)、アルビレックス新潟レディースでプレー。2008年よりA新潟レディース、セレッソ大阪、C大阪堺レディースで指導。2012年からJFAナショナルトレセンコーチとしてGK育成に携わるほか、U-17日本女子代表(2017年)、U-16日本女子代表(2018年)でGKコーチも務めた。2021年よりタイサッカー協会でタイ女子代表・U-20タイ女子代表のGKコーチとして活動中。
写真左端が轟さん
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