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怒るより状況を生かす ~いつも心にリスペクト Vol.118~

2023年03月28日

怒るより状況を生かす ~いつも心にリスペクト Vol.118~

1月に横浜で「第13回フットボールカンファレンス」が開催されました。日本サッカー協会(JFA)が主催する2年に一度の「コーチ会議」。今回は昨年末のFIFAワールドカップカタール2022が主要テーマでした。

大会全般の技術分析、日本代表の戦い方の振り返りだけでなく、強豪オランダの大会準備の詳細などさまざまな角度での報告は、非常に刺激的でした。決勝戦から1カ月もたっていない時期というのが信じられないほどの素晴らしい内容は、日本代表を支えるJFAの技術部門が世界でも高いレベルに達していることを示すものでした。

このカンファレンスでの喜びの一つが、アルベルト・ザッケローニさんがゲストとして参加したことでした。もちろん、2010年から4年間日本代表の指揮を執ったあのザッケローニ監督です。

初日は、アーセン・ベンゲルさん(フランス)とユルゲン・クリンスマンさん(ドイツ)もオンラインで参加した「ワールドフットボールフォーラム」で話をしました。ザッケローニさんは2人と共に国際サッカー連盟(FIFA)のワールドカップ技術分析グループの一員だったので、話は弾みました。そして2日目には、カンファレンスの最後を飾る「未来のフットボール」に登壇しました。

このセッションの進行役はアンディ・ロクスブルグさん(スコットランド)。元欧州サッカー連盟(UEFA)の技術委員長で、現在はアジアサッカー連盟(AFC)の技術委員長。JFAの「フットボールカンファレンス」の「常連」と言っていい存在で、常に世界の最新の技術情報を日本にもたらしてくれています。

さて、ロクスブルグさんは用意してきたテーマでJFAのユース育成ダイレクターである影山雅永さんと話しながらセッションを進め、その途中でザッケローニさんに登壇してもらって「それでは未来のサッカーはどうなるか」という質問をしました。

しかしザッケローニさんは自分が監督だったころの日本代表の話を延々と始めたのです。もしかしたら、それまでの2人の話に思うところがあったのかもしれません。あるいは、英語からイタリア語への通訳の時点で、質問がうまく伝わらなかったのかもしれません。

ロクスブルグさんは辛抱強く聞いていましたが、進行に責任をもつ身としては「過去」の話ばかりでは困ります。途中で話をさえぎり、以後は用意してきた話で「独演会」にしてしまったのです。そして「日本サッカーがこれから大きく伸びる理由」を10挙げてセッションを締めくくりました。

話を中断されてからセッション終了までおよそ30分間。ザッケローニさんはマイクを握ったままときどき何か話したそうな気配を見せていましたが、やがて諦め顔になってロクスブルグさんの「独演会」を聞いていました。

ロクスブルグさんの進行は、仕方がない面もあったかもしれませんが、ザッケローニさんへの「リスペクト」に欠けたように私には感じられました。私なら怒り、「もうこんなカンファレンスには来ない」と言ったかもしれません。

しかしザッケローニさんは違いました。最後に壇上で「ありがとう」と握手を求めにきたロクスブルグさんの肩を抱くと、マイクを口に当てて穏やかに「一つだけ話していいか」と聞きました。そしてこんなことを言ったのです。

「あなたは日本のサッカーの未来が明るいという10の理由を挙げたが、私はもう一つあると思っている。それは『情熱』だ。こんな素晴らしいカンファレンスを成功させる『情熱』が、日本サッカーの大きな力だ」

少し気まずい思いで満たされていた場内の雰囲気が一瞬で変わりました。大きな拍手が起こり、誰もが笑顔になったのです。

「失礼なことをされた」と怒るのは、誰にもある感情です。しかしそれをストレートに表すのではなく、相手の立場も考え、その状況を生かすことができれば、こんな「魔法」もできるのです。こうした人柄が、ザッケローニさんを「名監督」にした理由の一つなのかもしれません。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2023年2月号より転載しています。

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