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[特集]「やらなければいけない」から「やりたい」と思えるものに 菅野淳JFAフィジカルフィットネスプロジェクトリーダー インタビュー 前編
2021年03月04日
日本サッカーのフィジカル強化に向けて、さまざまな取り組みを進めているJFAフィジカルフィットネスプロジェクト。同プロジェクトを率いる菅野淳リーダー(JFA技術委員会委員)に、2020年のコロナ禍における活動の振り返りや新たに作成した「10年計画」の概要、新設されるJFAフィジカルフィットネスライセンスの目的や講習会のカリキュラムなどについて聞いた。
○オンライン取材日:2021年1月19日
※本記事はJFAnews2021年2月に掲載されたものです
技術を発揮するための土台となるフィジカル
フィジカルの大切さを再認識してもらえた
――2020年は新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた一年になりました。振り返っていかがですか。
菅野 当初の計画が崩れてさまざまな活動が中止となりましたが、そのような状況下でも、JFAフィジカルフィットネスプロジェクトとして「今できることは何か」を考えて取り組むことができたと思います。学校が休校になったり、多くのクラブが活動を自粛したりする中で、自宅でできるトレーニングや活動再開に向けたガイドライン(※)などの情報を発信しました。
指導者の方たちからは「ガイドラインがあって良かった」という声をいただきましたが、もう少し情報を整理して出すべきだったのではないか、というのが一つの反省点です。また、活動再開後にけが人が多くなったという報告もありましたので、そのあたりもケアして情報を提供しなければならなかったと感じました。
※「サッカー活動再開に向けたフィジカルガイドライン」
( http://www.jfa.jp/coach/physical_project/
guidelines_resuming_activities.html)
――自粛期間は、フィジカルと向き合うことができた指導者や選手も多かったのではないでしょうか。
菅野 そうですね。例えば、やりたいことを詰め込んで厳しいトレーニングを行っている指導者にとっては、選手個々の体を見つめ直し、チームが目指すサッカーや戦術に必要な体力強化、体づくりを考える時間にもなったと思います。コロナ禍にあって、フィジカルの大切さは再認識していただけたかなと思います。
世界で戦うため、そして個人に合ったものを
――選手の育成と強化において、フィジカルの重要性は常にうたわれています。フィジカルフィットネスプロジェクトとしてどのようにアプローチしていきますか。
菅野 日本サッカー協会(JFA)は「JFAの約束2050」を果たすため、2030年までFIFAワールドカップに出場し続け、ベスト4に入るという中期目標を立てています。それが10年後に迫る中、プロジェクトはそこを見据え、「世界で戦えるフィジカルの構築」「個人の特性に合ったフィジカル要素の向上」などを掲げています。
世界と戦う上でも、技術を発揮するための土台となるフィジカル向上は避けては通れない
――育成・強化やチームづくりとともに、フィジカルの向上も図っていくということですね。
菅野 私は常々、JFAが掲げる"Japan's Way "に関して少し間違った捉え方をされているのでは、という疑問を抱いていました。
Japan's Wayは、敏しょう性やスピード、テクニックといった日本人の良さを全面に出して戦うことと捉えられていると思います。確かにそうしないと、日本人が世界トップレベルに比肩するには難しい部分もあります。その一方で、「パワー系のトレーニングをしてもどうせ駄目だから日本の良さを追求するんでしょう」という声も聞こえてきます。
――駄目だと思い込んでいる節があると。
菅野 そうです。例えば、高いテクニックを持っていても、相手に強く体を寄せられたときにそれを発揮できなかったら意味がありません。パワーを全面に押し出して戦うというのではなく、日本人の良さを発揮するためにパワーづくりは必要だと考えるべきです。世界のサッカーを見ても、パワーなどのフィジカル要素の向上は避けては通れないものになっていますから。そのことは昨年、ナショナルコーチングスタッフ会議でも話をして、各カテゴリー日本代表の監督やスタッフと共有しています。
――世界と互角に戦うためのフィジカルとはどういうものなのでしょうか。
菅野 まず、「フィジカルとは何か」を考えたとき、「体格」と言われることがあります。けれど、なかなか身長は変えられませんよね。では何を変えるのか。先ほど話したように、技術を発揮するための土台となるフィジカルは非常に重要です。相手に体を寄せながらも軸足で踏ん張って次のプレーに移る、ボールコントロールのときに体の軸がぶれないなどです。体幹トレーニングやムーブメントプレパレーションなどはだいぶ浸透してきていますが、もう一段階、レベルアップが必要でしょう。
――フィジカルといっても、単にパワーのことだけではないということですね。
菅野 サッカー界でも、フィジカルに対して共通認識が図られていない部分があります。重りを持った筋力トレーニングは体が硬くなるとか、不要な筋肉をつけると体が重くなるなど否定的な考え方も多い。ですが、われわれはボディビルダーを育成するわけではありません。当たり負けしない、でも重くなり過ぎない。そうした姿を目指していけば、世界で戦える体になっていくと思っています。
――日本人もフィジカルを高めることで世界の強豪国に打ち勝つことができると。
菅野 19年のラグビーワールドカップでは、日本人選手もパワーを発揮し、世界の強豪を相手に結果を残しています。われわれとしても、日本人の良さを引き出すためのフィジカルをしっかりと考えていきたいと思っています。
――「個人の特性に合ったフィジカル要素の向上」についても教えてください。
菅野 パワーやスピードの話をしましたが、最低限のベースは共通だとしても、求められるフィジカルはポジションによって異なります。FWやDFの選手、中盤のテクニカルな選手もいる中で、どうすれば自分の力を発揮できるかという点において、個人個人に合ったフィジカルフィットネスがあると思うんです。
育成年代のトレーニングを考えると、選手の身長の伸び方もそれぞれ異なりますし、年齢で区切れるわけでもありませんよね。個々の成長段階、ポジション、性格などに合わせたトレーニングを開発していくべきだと思っています。
成長の個人差などに合わせた、オーダーメイドのフィジカルトレーニングが今後は必要となる
10年計画を立て体づくりを見直していく
――それらを踏まえて、当たり負けしないための体づくりをテーマに、「10年計画」を立てました(下図参照)。この計画を打ち出す上で意識したのはどのような部分ですか。
菅野 10年後に20歳を迎える選手たち、すなわち現在10歳前後の選手たちに対して何ができるか、ということを軸に考えました。
これまでの考え方は、小学生以下は動きづくりを重点的に行い、中学生でスタミナ、高校生でパワーをつけるといった流れがありました。自重を使った筋力トレーニングは中学生になってから、といった認識がそれにあたると思います。
しかし、これからは年齢で区切るのではなく、選手によって変えていく。例えば、選手個々によっては小学校高学年でもウエイトトレーニングの入り口となるメニューをやってもいいと思いますし、体幹トレーニングも前倒しして行ってもいいかもしれません。もちろんその見極め方や具体的な方法は考えていかなければなりませんが、その方向でプロジェクトとしても積極的に発信していく方針です。
――10年後から逆算して、個人に合わせたトレーニングを推進していくということですね。
菅野 「日本人選手は晩熟」というイメージを持っている方が多いと思いますが、ここ最近、それが変わってきているのではないかと。また、過去には、早くからフィジカルを強化した方が良かったと思われる選手もいたと思うんです。そういう意味でも、体づくりにおける考え方をもう一度見直していければと考えています。
――その一方で、気を付けなければいけない点はありますか。
菅野 例えば「パワー系のトレーニングをやりましょう」という情報を出すとそればかりになりがちです。それでは良くありません。この選手にはこれが良い、あるいはこの選手にはこれは不要、というものがあります。その意図が指導者にうまく伝わるように発信していきたいと思います。
――具体的な施策として、JFAアカデミーを活用していく計画があると伺いました。
菅野 福島県での活動を再開するJFAアカデミー福島男子の16期生(中学1年生)に対して、さまざまなトレーニングを実施していく予定です。半年から1年間にわたってトレーニング中のさまざまな数値を測定して成長の記録をつけ、トレーニングによって生じた変化などを発信していきたいと思っています。