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もしもしリュックのお兄さん ~いつも心にリスペクト Vol.43~
2016年11月29日
ある土曜日の午後、電車に乗っていると、6~7人の「サッカー高校生」が乗車してきました。
クラブチームの練習帰りらしく、おそろいのスポーツウェア姿で、みんな大きなリュックを背負っています。サッカーの用具メーカーのロゴが大きくはいったリュックは、練習着だけでなくボールなどもはいっているのでしょう、まるで山登りの人のような大きさです。
車内は満員ではないものの、かなりな混雑です。その中に大きなリュックを背負った集団が入ってきたので、周囲はさらにきつくなりました。
しかし「サッカー高校生」たちはお構いなし。大声で話し、冗談を言って仲間をからかい、そのたびごとに体をのけぞらせてリュックを周囲の人にぶつけています。
「もしもしリュックのお兄さん、背中から下ろしたらどうですか。みんなが迷惑していますよ」そう言いたくなりました(言わなければならなかったでしょう)。しかし高校生たちが自ら気づくかなと思って待っているうちにタイミングを逸してしまいました。そして電車は下車する駅に着いてしまいました。
「周囲を見る」のはサッカープレーヤーに求められる重要な要素です。しかしそれはピッチ内だけのことではないはずです。特に人が集まる場所では、他の人の迷惑になっていないか、不快な思いをさせていないか、周囲を見て注意を払うのが一人前の大人だと、私は思っています。
このコラムでは「リスペクト」を扱っています。研究社の『新英和中辞典』で「respect」を引くと、「尊敬する」「重んずる」「大事にする」「尊重する」などの日本語訳が出てきます。その語源を少し考えてみましょう。
この言葉は、本来、現代のヨーロッパの言語の重要な源流のひとつであるラテン語の動詞「スペケレ SPECERE」と、接頭語の「レ RE」の合成語です。「スペケレ」とは「見る」という意味で、「レ」は「もとに、後ろに、再び」などの意味を付け加える言葉です。
「レ・スペケレ」というラテン語は、「後ろを見る」、すなわち「振り返る」「顧みる」という意味になります。そこから「何かの価値を認める」、すなわち「敬意を払う」という意味が生まれ、現代英語のrespectになりました。『新英和中辞典』には、「価値あるものに対しそれにふさわしい敬意を払う」という注釈が加えられています。
自分自身へのいましめでもありますが、人間は常に「振り返る」ことが大事です。
脊椎動物の目は、一般に顔の左右両側に一つずつついていて、 前の敵だけではなく後ろからの敵を素早く発見できるようになっています。一方、人類の目の特徴は平たい顔の前面に並んでいることです。少し離れて並ぶ二つの目によって奥行きや距離感をつかむことができるように進化した結果です。そのため、後ろを見るには体や頭を回して「振り返る」しかありません。
体の前にしか目がない人類は、意識の大半は前方にあります。しかし振り返ることで自分自身の意識を広げ、いろいろなことを考え直すきっかけにもなるのです。
「サッカー高校生」に限らず、最近はリュックスタイルのバッグを持つ人が増えました、肩からかける大きなバッグを持っている人もいます。混雑する電車に乗ると、乗車前と同じように自分のバッグをさげ、周囲の人の迷惑になっても気づかない人をよく見ます。だれもが周囲に気をつかわないようになったら、それこそリスペクトのない社会になってしまいます。
「サッカー高校生」たちに言いたいと思います。混んでいる電車やバスに乗るときには、リュックは背中から外し、体の下に持つか両足の間の床に置きましょう。そうしたら、「混んでいるな」と感じた車内が意外に広いことに気づくでしょう。
周囲を見て行動できるようになったら、集団で大声を出すこともなくなるでしょう。周囲の人々へのリスペクトを持てる高校生はもう子どもではなく、立派な大人です。それだけで、サッカーの面でも格段に成長するはずです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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