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女性へのリスペクトが男を守る ~いつも心にリスペクト Vol.61~
2018年06月20日
女性記者に対するセクシャルハラスメントで辞任に追い込まれた役人のニュースを見ながら思い起こしたのが、2005年にジーコ監督率いる日本代表がFIFAワールドカップのアジア最終予選を戦った試合でした。
日本1勝、イラン1分けで迎えた第2節は、3月25日、イランのテヘラン。日本にとってアウェイゲームです。春まだ浅いテヘラン。町の北に屏風のように並ぶ4000メートル級の山々は真っ白な雪に包まれていました。
必勝を期すイランは、サポーターの声援を力にしようと入場無料でこの試合をファンに開放しました。当日はイスラムの休日に当たる金曜日。市内のホテルで朝食をとり、午後6時キックオフの試合に備えていると、「もうスタジアムが満員になりかけている」という知らせが入りました。
昼前にテヘラン西郊のアザディ・スタジアムに駆けつけてみると、ゲートが閉ざされています。すでに満員になり、それでも詰めかけてくるファンを締め出すためでした。大混乱の中、取材証を見せてようやく入れてもらえましたが、スタジアムの敷地内もファンであふれ返っていました。
一般に、イランの人びとは年齢にかかわらず非常に礼儀正しく、フレンドリーで親切です。しかしこの日のアザディ・スタジアムでは、彼らはまるで野生に帰ったかのように野卑になり、乱暴になっていました。あちこちで馬鹿騒ぎがあり、日本人ファンへの威嚇があり、暴力沙汰がありました。スタンドでも爆竹が鳴り、1階席の日本サポーターが尿をかけられるという一幕もあり、2階から落下して死者さえ出ました。イスラム戒律の下、アルコールは禁止されていますから、彼らが酔っ払っていたわけではありません。
なぜこんなに変わってしまうのか―。思い至った理由が、「女性の不在」でした。
この日発表された入場者は11万人。そしてその大半が男性でした。イスラムの戒律が厳しいイランではサッカー・スタジアムには女性の入場は認められていなかったからです。当日スタジアム内にいた女性は、日本からの数人の女性記者と、数十人の女性ファン、そして1人のオーストラリア人ファンだけでした。
ほぼ男性だけ11万人が集まる光景を、私は初めて見ました。そして「女性のいない状況」のおぞましさを知りました。
人間社会には女性と男性がいます。その社会で野卑な行動をとれば、女性から軽蔑され、非難を受けます。だから男たちは無意識のうちに女性の目を意識し、自制し、それによって社会の「品位」が保たれているというのが実情なのではないでしょうか。だからアザディ・スタジアムのような状況下に入れられると、男たちは自制を失ってしまうのでしょう。
さて、今回辞任に追い込まれた事務次官は役人の中ではエリート中のエリートだったそうですが、彼が長く務めた部署はいわゆる「バンカラ」体質で、女性にとっては非常に居心地の悪い職場だったと聞きました。そうした職場環境の中で、女性蔑視のメンタリティーが発現してしまったのではないかと、私は想像しました。
女性の目を気に掛けない心理状態というのは、あの日のアザディ・スタジアムの11万人とまったく同じものです。女性がいても、あるいはいるからこそ野卑になれるというのは、アザディ・スタジアムの11万人より程度が低いかもしれません。
この元事務次官には、女性に対する「リスペクト」がまったく欠如しています。それが男を自滅から守ってくれるというのに…。
日本のサッカー・スタジアムには、驚くほどたくさんの女性がやってきます。小さな子ども連れの姿もたくさん見ます。サポーターは戦闘的な歌を歌いますが、野卑な言動に走る人はまず見ません。しかしもしかすると、それは彼らが気高いということではなく、女性や子どもなど、彼らの自制をうながす存在が周囲にたくさんいるからかもしれません。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2018年5月号より転載しています。
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