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MVPの選出 ~いつも心にリスペクト Vol.64~
2018年09月15日
「MVPはグリーズマンかな?」モスクワのルジニキ・スタジアムの記者席。フランスの優勝を見届けて表彰式を待つ間、仲間の記者がこうつぶやきました。
「どうして?」と私。「優勝したフランスの攻撃をリードしたのは彼だったからね」
「優勝チームから出るとは限らないよ。大会全体を通じると、モドリッチ(クロアチア)も十分ありうると思うよ」
優勝を逃したモドリッチが、少し悔しそうに、それでも満足げにMVP(ゴールデンボール賞)の表彰を受ける姿は、とても印象的でした。
少し気になってワールドカップの歴代MVPを調べてみました。すると、1998年フランス大会以後、今回のモドリッチまで6大会連続で優勝チーム以外から出ていました。ひとつには受賞者を決める国際サッカー連盟(FIFA)の担当者会議が決勝戦の試合前に行われることもあるでしょう。しかし2010年大会のフォルラン(ウルグアイ)は決勝戦にも出場していません。FIFAは優勝チームにこだわっていないのです。
Jリーグの年間表彰やルヴァンカップの大会後の表彰式では、必ず「MVP(最優秀選手)」が選出されます。あくまでチームゲームであるサッカーでは、本来こうした個人表彰など不要だと思うのですが、ファンも楽しみにし、どんな大会だったかを思い出すきっかけにもなるので、硬いことを言うのはやめておきましょう。
ところがそのMVP、日本では「優勝チームから出さなければならない」という不文律があるようです。MVPだけでなく、「最優秀監督賞」のような賞も、決まって優勝チームの監督です。
2004年まで日本で開催されていた「トヨタカップ」では、何回かの例外はありましたが、MVPは決まって優勝チームの決勝ゴール記録者でした。例外となったのは、ジーコ(フラメンゴ)やプラティニ(ユベントス)といった、当時世界のトップクラスの名声をもっていた選手たちでした。
日本では「最優秀選手賞」は「MVP(Most Valuable Player)」が使われますが、サッカーの本場である英国では、1試合の最優秀選手なら「Man of the Match」、年間を通じてなら「Player of the Year」などの表現が使われます。いずれも、「勝利や優勝に貢献した」というより、「この試合(大会)で最もエキサイティングなプレーを見せ、楽しませてくれた」というようなニュアンスでしょうか。
こうした表現もあり、英国のサッカーでは、勝敗や優勝に関係なく、純粋にプレーだけで表彰しているように思います。私は、サッカーでMVPのような個人賞を与えるなら、こうした考えのほうが良いのではないかと考えています。
試合には必ず勝者と敗者があり、ときとしてそれはほんのわずかな運で決まります。それでなくても、サッカーはプレー内容や力関係がストレートに勝敗につながりにくい競技と言われています。
勝敗に関係なく、すばらしいプレーを見せた選手、驚嘆すべき奮闘をした選手、最後まであきらめずに努力した選手、あるいは大きな成長を見せた選手などを認め、「表彰」という形で広く示すことは、サッカーという競技のプラスにもなります。
勝者がその勝利や優勝という勲章だけでなく、自動的に個人表彰まで持っていってしまい、敗者には「敢闘賞」のような小さなものしか残さないのは、サッカーという競技の本質から離れているように思うのです
勝者を称えるのはとても大事なことです。誰もが勝者になるために努力しているからです。その勝利の原動力となった個人が表彰を受けることも悪くはありません。
しかし同時に、試合には敗れたとしても、素晴らしいプレーをした個人やチームを賞賛することは、プレー内容が必ずしも結果につながらない「サッカー」という競技に対する「リスペクト」に当たるのではないかと、私は考えています。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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