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小平奈緒選手と李相花選手 ~いつも心にリスペクト Vol.59~
2018年04月20日
韓国の平昌(ピョンチャン)を中心に行われていた冬季オリンピックが閉幕するのを待ちかねるように、Jリーグが開幕しました。新戦力に新監督、新戦術…。「開幕」は、毎年私の心を躍らせます。
さて、日本選手の奮闘で盛り上がった平昌オリンピックではたくさんの感動的な場面がありましたが、私はスピードスケートの女子500メートルのレース後のシーンに深い感銘を覚えました。テレビや新聞でもたくさん報道されていましたから、そのシーンを思い浮かべられる人も多いのではないでしょうか。日本の小平奈緒選手が36秒94のオリンピック新記録で優勝、2位は韓国の李相花(イ・サンファ)選手でした。
李相花選手は2010年のバンクーバー大会、2014年のソチ大会と、オリンピックで2連覇を飾っており、現在の世界記録保持者でもあります。当然、地元開催の平昌大会でも金メダルの期待がかかっていました。その重圧は大変なものだったでしょう。
銀メダル自体は素晴らしいものですが、金メダルの大きな期待をかけていた韓国国民にとっては、「負けた」という印象が強かったのではないでしょうか。実際、先の組で滑った小平選手より0秒39遅い記録が表示されたときには、場内は静まりかえりました。李相花選手も涙顔になりました。
しかしその直後、小平選手が李相花選手のところに滑り寄り、言葉をかけ、肩を抱くと、李相花選手も笑顔になりました。そして肩を組んだまま場内のファンに向かって手を振ると、盛大な拍手が湧き起こったのです。
李相花選手は小平選手より3歳若い28歳。力が衰えたわけではなく、ここ数年故障に苦しんでいたといいます。対する小平選手は心身ともに充実し、今シーズンは絶好調でした。ふたりは普段から互いにリスペクトし、仲が良かったそうです。
小平選手は、自分がオリンピック新記録で滑り終わった後、狂喜して大騒ぎする日本の応援団に対し、「次の組が滑るから、いまは静かに」というジェスチャーをしました。会心のレースにも、仲間の競技者への思いやりを忘れない成熟した人間性は、本当に素晴らしいと感じました。
そうした小平選手ですから、すべてが終わったとき、李相花選手のところに寄っていって韓国語で「よくやったね」と言葉をかけたのも、ごく自然のことだったと思います。
しかし、それ以上に素晴らしいと感じたのは、小平選手の言葉に素直に応じ、笑顔を見せ、小平選手を称えた李相花選手の態度でした。
負ければ悔しいのは、誰でも同じです。しかしいったん結果が出てしまったら、それを変えることはできません。相手の強さを認め、そして自分自身も全力を尽くしたという、相手だけでなく自分自身に対するリスペクトの気持ちがなければ、このような態度は取れなかったでしょう。
オリンピックはたくさんの競技が同時に開催され、誰にもそのすべてを見ることはできません。日本にいる私たちは、日本のテレビ局が選んだ競技にしか触れることができません。そうした「狭い目」でしか見られない歯がゆさはありますが、このレース後の小平選手と李相花選手の態度と表情は、この大会で最も美しいシーンだったと感じました。そしてそれを完全な形にしたのは、「敗れた」李相花選手のリスペクトの心にあふれた態度だったと思うのです。
日本のスポーツ界では、負けたら恥じ入らなければならないという空気があります。Jリーグでは、選手たちは勝ったあとにはサポーターのところに行って手を上げますが、負けると頭を下げて謝罪します。全力を尽くしたのなら、謝罪する必要などどこにあるのでしょう。結果にかかわらず同じ形にするべきだと私は思っています。また勝ったチームの選手やサポーターにも、小平選手のように、相手チームやサポーターへの思いやりの心を表現してほしいと思っています。今年のJリーグで、そうしたシーンがたくさん見られることを期待しています。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2018年3月号より転載しています。
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