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vol.011「北風と太陽」
2012年10月23日
国際女子審判員 山岸佐知子
何年も審判に携わっていると国内外問わず様々な出会いがあります。
こちらは覚えていなくても、選手は審判員のことを覚えているということもよくあります。以前私が審判をした試合で忘れられないエピソードがありましたので、それについて書きたいと思います。
一方のチームは優勝候補、もう一方のチームはチャレンジャー。試合は優勝候補に臆することなくチャレンジャーのチームが果敢に挑む拮抗した好ゲームでした。
しかし、この拮抗するムードを破ったのは優勝候補の先制点でした。その一点はルールの適用ミスから生まれたものではありませんが、我々がうまく連携をとりリードをすれば防げたかもしれないものでした。
その一点を境にゲームの拮抗した雰囲気は破れ、最終的には点差のついたスコアーで優勝候補といわれたチームが勝ちました。試合後負けたチームは整列の後、我々と握手をしてベンチに引き揚げていきました。
本来であれば審判に対して文句を言いたいところだろうという気持ちは十分に理解していただけに、その姿が胸を締め付けました。そしてこの試合は私にとって最も忘れられない試合となりました。
それから約8か月後、私はロンドンオリンピック出発前の最後の試合を地元の社会人リーグで行っていました。
両チームの順位も並んでおり、特にホームチームは地元の子供たちも応援に来て「今日は絶対に負けられない!」という雰囲気が試合前から漂っており、気合い十分にウォーミングアップをしていました。
試合は点の取り合いとなる熱戦の末、ホームチームは惜しくも負けてしまいした。
その試合後ホームチームの一人の選手が審判員の席に来ました。その選手は以前私が審判をしたことがあるチームの選手ということでした。
そうです、その選手はあの8か月前に私が主審をして負けたチームの選手でした。あの時の話をするのかと思ったら彼は笑顔で「オリンピック頑張ってきてください!」となんとも爽やかに私に言葉をかけてくれました。
その時彼は8か月前の話を持ち出しませんでしたが、私はあえてその時の話をしました。
私は変に身構えてしまった自分を恥じ、何とも紳士的な彼の振る舞いとその清々しさに胸を打たれました。
例えるならば、彼は童話「北風と太陽」のまるで太陽のようであり、私に二度と同じ失敗を繰り返すものか!という思いを強くさせてくれました。
「サッカーは少年を紳士にする」という言葉がありますがまさに彼は紳士であり、私は自分より20歳も若いその紳士から人としての振る舞いを学んだのでした。
審判員として成長することはもちろんですが、サッカーを通じて出会う多くの「サッカー仲間」との出会いも大切にしていきたいと思った瞬間でした。(了)
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