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「補欠ゼロ」で強くなる【後編】(JFAnews2019年6月情報号より転載)
2019年06月24日
日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年6月情報号(No.422)では、特別企画としてグラスルーツサッカー対談が紹介されました。
■JFAnews2019年6月情報号(No.422)より転載 ■情報提供:サカイク
日本サッカー協会(JFA)技術部の松田薫二グラスルーツ推進グループ長が、FC市川GUNNERS(ガナーズ/旧アーセナル サッカースクール市川)代表の幸野健一さんに「補欠ゼロ」を実践しているチームの取り組みについて話を聞きました。(構成・文:鈴木智之/スポーツライター)
「3ピリオド制」の導入
松田:幸野さんは小学5年生を対象としたリーグの実行委員長もされています。
幸野:はい。「プレミアリーグU-11」といいますが、2015年にスタートし、現在は全国20県で開催されています。プレミアリーグU-11の設立趣旨は、公式戦が少ない小学5年生にリーグ戦を経験させたいというものです。去年から3ピリオド制にして、最低1ピリオドは試合に出場しなければいけないというルールにしています。
松田:ルールで出場時間を確保しているのですね。
幸野:それまでは1試合前半15分、後半15分+練習試合15分の計45分を一つの区切りにしていたのですが、練習試合の強度がガクッと下がり、いわゆる「B戦(Bチーム同士の試合)」のようになっていました。それでは強化につながらないと思ったので、2018年度からは1試合を3ピリオド制(各15分)にして、最低1ピリオドは出なければならないルールに改正しました。そうしたら、3ピリオド目の強度が目に見えて上がったので、大正解でしたね。
松田:チビリンピックのようなルールですか?
幸野:チビリンピックは12分×3ピリオドで、1ピリオドと2ピリオド目の選手は明確に分け、選手は原則1ピリオドに通して出場する。1ピリオドに出る8人プラス、2ピリオド目以降に出る選手のベンチ入りが10人までですので、最大で18人が試合に出るというルールです。
プレミアリーグU-11では1ピリオドを15分と、チビリンピックより3分長くしました。また、1学年の人数が多いクラブもあるので、24人まで試合に出せるように幅を持たせました。選手を最低1ピリオドは出場させなければならないというルールは同じですが、3ピリオド×8人の最大24人全員が試合に出られるようにしています。本当は20分×3ピリオドのように、1試合の時間をもっと長くしたいのですが、費用負担の関係上、会場の使用時間を1時間で抑えたいので、1試合45分に収まるようにと現行の形式にしました。
小さくて遅かった子が大活躍
松田:「全員出場」の成果は見え始めていますか?
幸野:間違いなくあります。例えば、今年のチビリンピック関東大会で優勝した鹿島アントラーズはプレミアリーグU-11にも参加しています。優勝後に小谷野稔弘監督から連絡があり、「プレミアリーグU-11で選手全員を1年間、試合に出させたことでチームが底上げされ、一体感が生まれてチビリンピック関東の優勝につながりました。全員出場の効果を感じています」と言っていました。それを聞いて嬉しかったですし、「結果を残したチームの人は、効果をどんどん発信してほしい。そうすればみんな聞き入れてくれるから」とお願いしておきました(笑)。
松田:全員を出場させることがチーム全体のレベルアップにつながるという良い事例ですね。
幸野:プレミアリーグU-11に参加しているクラブの指導者とは、各都道府県の責任者を含めて密にミーティングをしています。3ピリオド制にして全員出場のルールを設けたことで、チーム内で上から数えて14番目、15番目など、下の方の選手のレベルを上げないと、結果に結びつかない。チーム全体を伸ばさないと駄目だという思考に、指導者が変わっていきました。これはすごく大きな変化だと思います。
松田:一人ひとりをしっかりと見ていくことにつながりますね。子どもたちの変化も見えますか?
幸野:如実に出ています。1試合15分しか出られない子どももいるのですが、公式戦の真剣勝負を15分間100%の力でプレーすれば、かなりの強度になります。これは、だらだらと練習試合をしているのでは得られない体験です。実際、うちのクラブに身体が小さくて足も遅い選手がいました。他のクラブであればまず試合に出られないでしょう。でも、うちは試合で使います。そうして3年が経ち、5年生で出場したある大会でMVP級の活躍をしました。低年齢でサッカーがうまい子どもは早熟傾向にあるので、15歳、18歳になるとその差は縮む、あるいはなくなるんです。だから、2年生の段階で身体が小さい、足が遅いという理由で試合に出さないなんて、おかしな話なんです。これは声を大にして言いたいですね。とくに年齢が低いうちは、平等に試合に出してサッカーの楽しみを味わわせるべきです。
松田:サッカーに夢中にさせるものの一番は試合ですからね。
幸野:ですよね。僕も松田さんも週末は草サッカーをやっていますが、平日に練習をやって週末にグラウンドに行くと「君はベンチね。試合はなし」と言われたら、ふざけんなって怒って、二度と行かないでしょう?でも、それと同じことが日本中で、しかも子どものサッカーで起こっているんです。それは長い目で見ると、将来的にサッカーを好きになる人の芽を摘んでいるのと同じことです。
豊かなサッカー文化の醸成を
松田 偏った勝利至上主義が、コーチの暴力やチームの仲間のいじめを誘発する状況もあります。サッカーが好きで楽しみで行っているのに、そんなことが起こることは許せないですよね。もっと楽しく夢中になれて継続できる環境に変わっていかないと豊かなサッカー文化は醸成されません。
ところで、幸野さんはPFI(※)方式により自らグラウンドを造られましたね。
※ プライベート・ファイナンス・イニシアチブ(民間資本主導)の略。公共施設等の設計、建設、維持管理及び運営に、民間の資金とノウハウを活用し、公共サービスの提供を民間主導で行うことで、効率的かつ効果的な公共サービスの提供を図る。
幸野:グラスルーツの環境改善をJFAさんに要望するだけでなく、僕たち民間の指導者が、やれること、やるべきことを積極的にやっていくことが大事だと思っています。周りの指導者は何か問題が起きると「JFAがこうしてくれれば…」とか言うんですけど、いや、当事者であるあなたがやるんですよ、と。現場の僕ら一人一人が考えて、良いと思ったことはどんどんやるべきです。グラウンド不足に対しても、足りないからなんとかしてくれと待つだけでなく、自ら造ろうとする努力が必要だと思います。それでとうとう市川市(千葉県)にグラウンドまで造っちゃいました(笑)
松田:すごいですよね。他にも幸野さんのように自らグラウンドを造っている方もいると思うので、それぞれのノウハウや知識をこの賛同パートナー制度で共有できればいいなと思っています。そして多くの人たちとみんなでさまざまな課題を解決して、良いサッカー環境を創造していきたいです。
幸野:サッカーに携わる人が、自分やクラブの利益だけでなく、プレイヤーズファーストの精神で、サッカーが好きな人をもっと増やすためにどうすればいいかを考えれば、おのずとやるべきことも決まってくると思うんです。誰かに頼るのではなく、自分たちで行動して手を取り合いながら、同じ船に乗って、同じ方を向いていくことができれば、それが子どもたちの幸せにつながり、サッカーの普及や強化にもつながると思います。
松田:今回は貴重なお話をありがとうございました。