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ザッケローニSAMURAI BLUE監督手記IL MIO GIAPPONE “私の日本”vol.36「包帯」
2014年04月24日
春は、日本で一番いい季節だと個人的に思っています。秋と同じく気候的にとても過ごしやすいですし、美しい自然の変化も大いに楽しめます。桜の花が散り、東京では花見も終わったころ、われわれ日本代表は千葉で23人の候補選手を集めて3日間のトレーニングキャンプを行いました。3月のJリーグ開幕からスタッフと手分けしてたくさんの試合を視察しました。そこで目に留まった選手を手元に置いてしっかり観察したのが今回のキャンプでした。ご存じのことと思いますが、比較的、代表歴の浅い選手を中心に招集しました。日本代表の常連やJリーグで活躍していても既にこちらに十分な情報量がある選手は今回のキャンプの趣旨から外れると思い、あえて選びませんでした。Jリーグのタイトな日程を縫ってキャンプが行われたのは4月7日から9日まで。厳しいスケジュールの中、意欲的に取り組んでくれた選手と、選手を快く送り出してくれたJリーグ、Jクラブの皆さんには心からの謝辞を贈りたいと思います。
「ここでいいプレーを見せてくれたらブラジルに連れていくよ」というオーディション的な視点でキャンプ中は選手をチェックしていたわけではありません。終了後、メディアの方たちには言いましたが、ゴールシーンですら私は他の部分に気を取られて見ていませんでした。ゴールが派手な打ち上げ花火だとしたら、当然ほとんどの人は花火の行く先を見ている。そんなときでも、自チームのディフェンダーの位置取りなど他の何かが気になるのが監督というものなのです。今回は7人の初招集組を含めて代表のやり方に不慣れな選手が多かったので、彼らの中に代表のやり方を少しでも浸透させたいと思いました。その浸透の仕方を観察しながら代表にふさわしい、チームに貢献できる人材をチェックしていました。
3日間のキャンプを終えて、日本には面白い素材がまだまだたくさんいるなと感じました。よく「手元に置いて何を観察しているのか」と聞かれます。一概に答えるのは難しいのですが、今回に限れば、彼らに対して私なりのアイデアがあり、それを彼らに試したとき、実現できるのか、あるいは別の可能性があるのか、それを見つけたいと思っていました。選手たちはそれぞれ所属クラブが違い、異なる監督の下で攻撃、守備の両面で課されたオーダーを遂行しています。私が視察に行くとき、選手はその与えられた役割の中でプレーしていることが多い。そこで見事にその役を演じきっている場合もありますが、代表監督としては、そういうある種の〝縛り〟から解放した時に何ができるのかも見てみたいものなのです。「クラブではこういうことをもっぱらにやっているけれど、ここでこういう使い方もできるのではないか」。そういう問題を解く手掛かりが代表キャンプにはあります。裏返せば、選手の中に眠っている、あるいは封印してある力を、鋭く見取る感性を監督は常に磨いて持っていなければなりません。
これまでの長い監督経験から分かることなのですが、選手は普段のリーグ戦では常に勝ち点や昇降格の問題やらにつきまとわれ、ストレスでがんじがらめになっています。それで試合で消極的になってしまい長所が隠れてしまうケースもある。そういう選手に代表のキャンプは束の間、ストレスフリーな場所になるものです。そこで伸び伸びと自分の持ち味を発揮してくれ、普段と違うポジションに置かれても問題がなければ「ああ、この選手はここでもやれるんだな」と実地に確認できたことになります。それはその選手の付加価値になり、23人の枠の中に入る可能性を広げることにもつながるでしょう。面白いもので、選手には、逆に試合のストレスに満ちた緊張感の中でこそ生きるタイプもいます。要するに、選手の力を引き出す鍵穴の場所はいろいろだということ。その鍵穴探しが監督にとって一番難しい作業といってもいい。クラブなら選手と一緒にいる時間が長く、鍵穴を探す時間も持てるのですが…。
今回のキャンプの成果を具体的な名前とともに語るのはマナー違反でしょう。1人について語るのであれば、全員について語らないとフェアではありません。そもそも「候補」という意味では今回キャンプに呼んだ選手だけでなく、Jリーグでプレーする選手全員がそうなのですから。5月12日の最終メンバー発表までJリーグは続きます。そこでのパフォーマンスも重要な選考材料ですし、グッドコンディションという視点も今回は絶対に外せません。サッカーは持っている才能だけでなく、身体と頭のコンディションが大きく左右するスポーツ。コンディション重視の割合が暑さや移動の長さがあるブラジル大会はより大きくなる気がしています。
今、行っている欧州視察を終えれば、再びJリーグを見に戻ります。それから最終的なジャッジをしなければなりません。選考の過程では自分たちのことばかりではなく、対戦相手の分析も入念にやるつもりです。相手に対してどういうチャンスをつくれるのか、どういうことでこちらがピンチになるのか、あらゆることを想定しながら、どんな困難な状況に陥っても乗り越えられるメンバーを、これまでの貢献度と現時点でのパフォーマンスも吟味しながら、すべてを踏まえて最終決断を下すつもりです。大げさではなく、私の決断が選手たちのサッカー人生を左右することになります。選んだ瞬間に選ばれなかった選手が生まれてしまう。失格の烙印を押された気持ちになる選手もいるでしょう。決してそうではありません。これだけは決める前からハッキリしています。日本にはワールドカップ出場に値する選手が23人以上、確実にいます。できることなら皆、連れていきたい。しかし、それはできない。決断する作業は嫌いではありません。決断すべき重要な局面に立たされることを幸せに思うタイプの人間でもあります。そんな私でも、心の中に重苦しい感情が少しずつ澱のようにたまり始めています。
負傷者たちのことも心に引っかかっています。人生の全てを懸けてワールドカップを目指している選手がケガのために出られないとしたら、実力で落とされるよりもつらいことだと思います。彼らが間に合うかどうかはその時が来るまで私にも分かりません。「ケガをする前に包袋を巻いても仕方ない」というイタリアの諺があります。今、私にできることは、時間の経過とともに順調に彼らが回復してくれることを信じるだけなのでしょう。