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サッカーの文化を守れ ~いつも心にリスペクト Vol.60~

2018年05月20日

サッカーの文化を守れ ~いつも心にリスペクト Vol.60~

いまさらながらにこんなことを書くのは少し恥ずかしいのですが、敢えて書くことにします。

「審判へのリスペクトは、サッカーの根源にかかわる文化―」

いまになって急にそんなことを強く思うようになったのは、今年のルール改正でビデオアシスタントレフェリー(VAR)が正式に認められることになったからです。

テレビ中継の技術が進歩し、いまでは試合の詳細な場面が白日の下にさらされています。明白な誤審によって試合結果が左右されるのは、誰にとっても喜ばしいことではありません。そうした誤審をなくすためにいろいろな試みがなされてきました。そして究極の策として2年前から試験導入されていたのがVARです。

「得点か得点でないか」「PKかPKでないか」「一発退場」「警告または退場の人違い」の4種類の事象に限り、「明確かつ明白な誤り」または「重大な事実の見逃し」があった場合、スタジアム外で多角度からの映像をチェックするVARが主審にアドバイスするのが、このシステムです。サッカーのルールを制定する国際サッカー評議会(IFAB)が発表した過去2年間の試験導入の分析によると、VARの導入によってこうした判定の精度が93.0%から98.8%に上がったといいます。

ただ、主審とVARのやりとりで時間がかかり、試合の流れが止まることで、導入に疑問を呈する人も少なくありません。選手や監督の中にそうした意見が多いのは、注目すべきことです。

しかし私は、それ以上に、VAR導入によってサッカーの大事なものが壊れてしまうのではないかと懸念しています。ピッチ上の審判員(主審と副審)を軽視する傾向が強まるのではないか―。

現在も、判定への異議は日常的に行われています。過度になれば警告されますが、多くの場合、レフェリーが我慢することで、かろうじて試合が成立しているというのが現実だと思います。そこにVARが入ったらどうなるでしょう。不利な判定をされたチームの選手や監督は、目の前に長方形を描いて「映像を見てみろ」と言わんばかりの態度を取るでしょう。そして同じように思う観客もたくさんいるでしょう。

こうした人びとには、目の前の主審がVARの判定で笛を吹くだけの「操り人形」にしか見えなくなってしまうのです。

そもそもの話をすれば、サッカーが誕生した19世紀の半ばには、審判員はいませんでした。反則などがあると、両チームのキャプテンが自ら判定を下し、ときには自チームの選手を退場にしたりしていました。1863年に書かれた最初のルールには、審判員についての記述はありません。

やがて競技が盛んになり、誰もが勝敗にこだわるようになると、両チームから一人ずつ計2人の「アンパイア」が出て判定を下すようになります。

しかしさらに勝敗へのこだわりが増し、アンパイア同士の意見が合わないということがしばしば起こるようになります。そうしたとき、アンパイアたちは、どちらが正しいか、観客席にいる見識を持っていそうな紳士に意見を聞くようになります。「レフェリー」というのは「問い合わせを受ける人」という意味です。こうした紳士たちはたいてい黒いフロックコートを着ていました。サッカーの審判員が伝統的に黒い服装なのは、その名残だと言われています。

そしてほどなくレフェリーはピッチの中にはいって「主審」となり、2人のアンパイア「ラインズマン(今日の副審)」とともに3人で試合をコントロールするようになるのです。

お願いして試合を進行してもらっているのですから、その立場と判定をリスペクトしてプレーに集中するのは「サッカーの根源的な文化」です。VARがいる試合であろうとそうでなかろうと、その重要な文化を失ったら、サッカーは危機に陥ります。

VARの正式導入にあたって、サッカーにかかわる人全員でその文化を再確認しておく必要があると、私は強く感じています。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2018年4月号より転載しています。

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