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太陽のようなウェルフェアオフィサー ~サッカーの活動における暴力根絶に向けてVol.89~
2019年10月25日
日本サッカー協会(JFA)の「ウェルフェアオフィサー(WO)」は、イングランドの事例も参考に、2015年に制度化された。もっとも、初めての設置は2013年の高円宮杯第25回全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会。「しない」「させない」「許さない」をキーワードに、サッカー界における暴力根絶に向けて取り組んだものである(このときのWOは、現在のマッチWOとなっている)。
WOの基本は、サッカーやスポーツを楽しむことの前提である、選手の安心や安全を確保すること。また、リスペクトやフェアプレーを推進すること。そのために、良いことや修正すべきことなどの気付きを関係者に伝え、よりすばらしいものとしてもらう、あるいは修正してもらう。さらに、何か物事が起きた場合、その調停にあたる。規律委員会や裁定委員会ではないため、決して処罰は下さない。処分対象の事案であるならば、これらの委員会にその対応をお願いする。
とはいえ、難しいことは多々ある。良いことをさらに進めていくという話ならば良いが、そもそも何か事が発生しているときは、関係者や周辺の空気のテンションが高く、聞く耳を持たない人が多い。そこをどのように収め、良い方向に持っていくのか。WOとして悩みどころである。
WOは3種類ある。WOジェネラルは、各都道府県サッカー協会(FA)や各種連盟に設置され、それぞれの組織でマッチWOやクラブWOの設置、研修など統括的に活動するほか、組織に寄せられた苦情や問題をWOのやり方で解決する。
マッチWOは、主に大会や試合会場で活動する。試合中に審判アセッサーなどとピッチ脇にいて、監督やコーチの良い指導、受け入れがたい指導、あるいは審判への対応など、気付いたことを試合後に監督と話す。しかし、試合に敗れてしまったチームの監督、加えて判定ミスがその敗戦に大きく関係していたとすれば、なかなか声を掛けづらい。試合中に大声を上げていれば、見て見ぬふりはできないが、審判に対する不満が収まらない監督である。時間を置いてから対応するとしても、やけぼっくりに火が付くこともあり、難しい対応となる。
クラブWOは、各クラブ内で活動する。クラブの誰もがリスペクトやフェアプレーを正しく理解し、暴力・暴言がなく、健全な運営を行えるような体質にしていく必要がある。日頃の活動から、リスペクトやフェアプレーを理解して適切に行動すれば、試合での問題も発生せず、マッチWOも必要ない。また、WOジェネラルも必要なくなるに違いない。クラブWOは健全なクラブづくりのためには、非常に大切な存在である。特にU-12のクラブだと、そこでの教育がさまざまな可能性を持つ子どもたちの考え方や感じ方を含め、将来を大きく左右することにもなる。暴力・暴言が許されるクラブで育った選手は、親や指導者になってもそれを是として行動する可能性が高い。逆に、暴力などがない環境で育てば、ロジカルに技術の向上、人間形成を図れることになる。
ヨーロッパサッカー連盟(UEFA)のテクニカルダイレクターを務めたアンディ・ロクスブルグさんが「選手の未来に触れている」という言葉を発している。サッカーのみならず、大人になってもリスペクトを理解し、フェアプレーを実践するすばらしい選手を育てていきたい。
2018年のウェルフェアオフィサー研修会は、11月3日に東京都(JFAハウス)、同10日に大阪府で、計119名の参加を得て開催した。WOジェネラルの役割などをおさらいし、東京都FAや神奈川県FA、鹿児島県FAの好事例を学んだほか、日本アンガーマネジメント協会から講師も招き、怒りのメカニズムとその対処方法についての話をしていただいた。「怒りは、人の感情として自然なもの。なければならないものである」「怒りは、対象となる行動などが自分のあるべき(望む)姿と乖離していると発生する」「怒りは、6秒経つと収まっていく」など、怒りのメカニズムを知るとともに、怒りをどのように管理するかなど、さまざまに学んだ。
WOジェネラルは、暴力・暴言を行った指導者の対応について相談を受けることがある。相談者は、結構熱くなることがある。また、マッチWOは試合会場で、クラブWOは各クラブで激怒した指導者や保護者に対し、受け答えする。自らも怒りが大きく湧いてくることもある。怒りを理解しつつ、うまくコントロールし、適切なコミュニケーションをとり、問題を解決することができればと思う。
暴力・暴言や差別は根絶しなければならない。あってはならない。そのためには、暴力などの行為に対して、懲罰を科すことも必要である。しかし、そもそも暴力などの行為が起きない環境が大切である。WOは、その環境をつくり上げるために活動する。
イソップ童話に「北風と太陽」という話がある。人に行動してもらうためには、北風のように、無理やり強引に押し付けてもうまくいかない。太陽のように、着実に、無理することもなく、温かい環境をつくり出す。そうすれば、自分自身で動いてくれる。誰もがリスペクトの考えを理解し、フェア(公平・公正)に行動する。そのようなサッカー界、スポーツ界にしていきたい。
【報告者】松崎康弘(JFAリスペクト・フェアプレー委員長)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会『テクニカルニュース』2019年1月号より転載しています。
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