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【SPECIAL】優れた審判員がいる国には 素晴らしいサッカーがある~デイビッド・エラリーIFABテクニカルダイレクター インタビュー

2024年11月27日

【SPECIAL】優れた審判員がいる国には 素晴らしいサッカーがある~デイビッド・エラリーIFABテクニカルダイレクター インタビュー

デイビッド・エラリーさんは、サッカーの競技規則を制定・改訂できる唯一の組織、国際サッカー評議会(IFAB)でテクニカルダイレクターを務めている。

Jリーグのビデオアシスタントレフェリー(VAR)の導入にも携わったエラリーさんに、サッカーの判定におけるテクノロジーをはじめ、さまざまな話を聞いた。

――VARが世界のサッカー界に導入されてから7年がたちます。周囲の反響をどのように捉えていますか。

エラリー 賛否両論があることは理解しています。ポジティブな意見として、VARの導入によってフェアプレーがもたらされること、審判員のはっきりとした明確なミスによって試合の結果が左右されないこと、判定に関する不平不満の数が減り、選手の態度が改善されていることなどが挙げられます。

ネガティブな面もあります。観客や視聴者の皆さんが、VARは人間によって運用されていることを忘れ、ミスが完全になくなると期待していることがその一つです。もう一つ、皆さんは試合の流れが途切れることを嫌がりますが、その一方で際どい判定があったとき、審判員に「今の場面のリプレーを見せてくれ」と求めがちです。その映像によって判定が覆ったところで自分たちが期待する答えを得られるとは限りませんし、どちらかのチームのファンは落胆することになります。重要なのは、VARが全ての判定を正すためのものではなく、明白なミスのみを正すためのものだと理解することです。


試合の流れを止めたくないが、結果を左右する重要なシーンでは正確な判定に導かなければならない。
VARはせめぎ合いの中で運用されている

――エラリーさんは以前「VARはいざというときに使う、パラシュートのようなもの」と話していました。ところが世界トップレベルのサッカーを見ると、試合中、テクノロジーが介入するハードルが低くなっているように感じます。

エラリー VARをはじめとするテクノロジーを導入した当初から、審判員が絶対的な存在でなくなるのではないか、「機械がミスを正してくれるから、多少は見逃しても大丈夫」という審判員が増えるのではないかと危惧していました。しかし、そんなことでは選手からの信頼が失われます。際どいプレーのたびにピッチから出て映像をチェックしているようでは、観客や視聴者に「この審判員は自分の判定に自信がない」と思われてしまいます。それは私が望む姿ではありません。2022年のFIFAワールドカップの決勝を覚えていますか? アルゼンチンとフランスによる一戦を担当したSzymon Marciniak主審は試合中、三回、PKの判定を下しましたが、いずれもVARが介入しませんでした。あのレフェリングこそが望む姿です。世界トップの審判員は大きなミスをすべきではないですし、本来はVARも必要ないのです。


2022年のFIFAワールドカップカタールの決勝で主審を務めたSzymon Marciniakさん。
翌年、UEFAチャンピオンズリーグの決勝でも笛を吹いた

――サッカーがテクノロジーを頼りにする流れは今後、加速すると思われますか。

エラリー FIFAワールドカップ カタール2022のスペイン戦で三笘薫選手の折り返しが話題になりましたが、ボールがタッチラインを割ったか否かを瞬時に判断するためにテクノロジーを使うことはできるでしょう。私個人の意見ですが、世界規模の大会でアシスタントレフェリーが必要なくなるかもしれません。全ては、サッカーがどれだけ人間的な要素を許容するかによると思います。細かい判定ミスは一切許されない、スローインやFKの判定も絶対に正しくなければならないという極端な方向に進むと、サッカーは少しつまらなくなります。

テニスの四大大会の一つ、「ウィンブルドン」は25年以降、ライン際の判定を線審ではなく、テクノロジーに委ねると発表しました。サッカーもその方向に行ってもおかしくはありませんが、機械に頼り過ぎると失われるものがあります。あれはPKか否か、退場に値するファウルだったかなど、一つ一つの判定に対して大きな議論が生まれるところこそサッカーの魅力ですが、その楽しさが奪い去られるかもしれないということです。

――全てを規制するのもよくないということですね。一方、選手が規則(ルール)の網をかいくぐって勝利を目指すケースでは、審判員はどのように対応すべきですか。

エラリー 全ての物事は公平でなければなりません。何年も前にイングランドではロングスローの際、ボールが滑らないようにタオルを使うチームが現れましたが、「タオルを使うのであれば両チームに用意しよう」とルール化しました。ボールパーソンがホームチームの選手に素早くボールをわたすのに対して、アウェイチームにはもたもたしてわたさないという事象が問題視されたこともあります。このときはピッチの脇に設けたコーンにボールを置き、スローインのときは選手に取らせるという対策を講じました。「全てはフェアであること」が最も重要で、そのほかの問題が生じたら、それが「サッカーが期待している行動だろうか」と考えればいいと思います。サッカーという歴史ある競技で行われていなかったことを、自分が有利になるためにやろうとしている選手がいたら、審判員が止めればいい。至ってシンプルなことです。

――ここまで、VARなど高い競技レベルでの判定についてうかがってきましたが、グラスルーツレベルの審判員はどのように扱われるべきだと思いますか。

エラリー 完全にリスペクトされるべきです。およそ10年前、The FA(イングランドサッカー協会)が国内のアマチュアクラブ向けに「サッカーをより良いものにするためには何が必要か」というアンケートを取ったことがあります。

天然芝のピッチ、きれいな控え室、お湯が出るシャワーなど、設備改善を要求する声が過半数だろうと思っていましたが、最も多かったのは、「中立の立場で笛が吹ける審判員」という回答でした。審判員がいなければサッカーは成立しないし、良い審判員がいればサッカーはより良いものになると、みんな気づいているのです。その一方で、残念なことに審判員は十分にリスペクトされていません。これはサッカーにとって極めて危険な状況といえます。審判員をリスペクトしなければ審判員の数が減り、試合が荒れるようになるでしょう。その結果、人々はサッカーから離れ、彼らがサッカーを見る機会も減るはずです。木の根を切ってしまうと枝葉が枯れ、やがて木そのものが倒れてしまうことから、グラスルーツのサッカー、そして携わる方々を大切にすることを、特に大人が認識しておかなければなりません。

――最後に、審判員を始めようと思っている人へのアドバイスをお願いします。

エラリー 人として成長するためのファンタスティックな機会です。自信がつきますし、対立する者同士をうまくマネジメントする力もつきます。さまざまな分野の人と会うことで人脈が広がりますし、フィジカルも鍛えられます。何より、世界最大のスポーツであるサッカーに、アクティブに携わることができます。審判員はサッカーに不可欠です。私は訪れた先々で必ず「サッカーの試合は判定の質に影響される」と言っています。優れた審判員がいる国には素晴らしいサッカーがあります。日本のサッカーをより向上させるためにも、ぜひチャレンジしてください。


今回、インタビューに応じてくれたデイビッド・エラリーIFABテクニカルダイレクター。
かつてイングランド・プレミアリーグの審判員として活躍した

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