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[特集]審判員のマインド 全ての人が試合に夢中になれるレフェリングを ~審判員の素顔~ 山下 良美国際審判員(女子主審)/1級審判員
2021年06月17日
サッカーの試合を成り立たせるために審判員はなくてはならない存在だ。審判員はより良い試合環境をつくるため、そして日本サッカーをより強く魅力的なものにするために、選手や指導者と同様、個々にレベルアップに励み、試合に臨んでいる。
今回は、大学生のときに審判資格にトライしてから、一つ一つを積み重ねて2012年に女子1級審判員資格を取得。2015年から国際主審に登録され、女性審判員をけん引する存在となった山下良美主審。審判員になった経緯や日常での取り組みを聞いた。
○オンライン取材日:2021年3月16日
※この記事は、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年4月号より転載しています。
「次はこうしよう」 その積み重ねで今がある
――審判員を始めたきっかけを教えてください。
山下 サッカーは小さい頃からプレーしていたのですが、審判員には全く関心はなくて、大学女子サッカー部の先輩である坊薗真琴さん(女子1級/国際審判員)から誘われたことが本格的に始めるきっかけでした。4級審判資格は大学に入って取得していて、坊薗さんに「3級の方が更新は楽だよ」と、今思えば少しだまされるように3級を取りました(笑)。
――審判員を始めた当初の心境はどうでしたか。
山下 最初は任せられた試合だけをやるつもりで、試合開始と終了の笛を吹いた、というくらいでした。でも2回、3回と担当するうちに、課題ということでもないのですが「次はこうした方がいいな」という思いが沸いてきて、次の試合で課題を達成すると「よし、次はこうしよう」と。それが積み重なっていって今に至るという感じです。
――12年に女子1級を取得されました。上級ライセンスを目指していく中で変化はありましたか。
山下 上級になるにつれて気持ちは変わっていきましたし、審判活動における生活面での比重も変わりました。私は大学卒業後もチームに所属してプレーしていたので、審判活動のためのフィジカルトレーニングは特にしていませんでした。ただ2級になるとなでしこリーグも担当できるようになるので責任が大きくなってきたなと感じていました。もちろん、どのカテゴリーも1試合1試合の大切さは変わりません。しかし、女子のトップリーグに関われたらという気持ちも芽生えてきていたので、徐々に審判員のトレーニングや勉強に比重を置く生活になっていきました。
――トレーニングの内容を教えていただけますか。
山下 走ることや筋トレがメインです。国際サッカー連盟(FIFA)が推奨する1週間のトレーニングメニューがあって、スピード、アジリティ(瞬発力)、ハイインテンシティ(高強度)、エンデュランス(持続性)ストレングス(筋トレ)とそれぞれ用意されているメニューに取り組んでいます。あとはコロナ禍によって、これまで以上にトレーニングメニューを審判員で共有することもできたので、場所や状況に応じてトレーニングができるようになりましたし、バリエーションも増えました。
――仕事をされているとトレーニングの時間を確保するのも大変そうですね。
山下 基本的に平日は仕事をしているので、特に気持ちの面では大変です。選手だったときは、チームの練習時間に合わせて練習場に行くとコーチやチームメートがいて練習メニューも用意されているのでモチベーションアップに苦労はしませんでした。しかし、審判員は孤独なトレーニングなんですね(笑)。トレーニングメニューから時間や場所なども自分で決めて、やるかどうかも自分次第です。
――担当する試合が決まってからはどのような準備をされているのですか。
山下 まずは情報収集ですね。担当するチームの状況や、チームが次の試合で目指していることなどを把握し、そのチームの試合映像を見て戦術を分析したり、選手の特徴を捉えるようにします。試合中は感情の波がないよう平常心で臨むのですが、そうした情報収集をしていると試合へのモチベーションも上がってくるので、それをトレーニングのモチベーションに変えて試合当日を迎えます。
1級審判員としての責任 女性審判員にも注目を
――昨シーズンは1級審判員として、天皇杯や日本フットボールリーグ(JFL)で主審を担当され、今シーズンはJリーグの担当主審としてリストアップされました。新たな立場になることで気付きなどはありましたか。
山下 私が女子1級審判員の資格を取ったのは、日本女子サッカーの発展に少しは貢献できるかもしれないと思ったからでした。そういう意味では、私が男子の試合を担当することが日本女子サッカーのためにつながるのだろうかと、疑問はありました。それでも、過去には大岩真由美さん、山岸佐知子さん、梶山芙紗子さんが1級審判員に認定され、JFLなどを担当されながら日本女子サッカーの発展にもつなげてこられた。その大切さに、今の立場になってから気づくことができました。責任は大きいと自覚しています。
――それをプレッシャーに感じることは?
山下 「プレッシャーはない」と言ったら嘘になります。しかし、これは先輩方が切り開いてきた道ですし、全国の女性審判員がそれぞれの場所で審判員の信頼を積み重ねている努力を無駄にしてはいけないと思っています。今回のように女性主審がJリーグを担当することで、女性審判員に注目していただける。それによって今まで審判というものに関心のない人たちの目に留まり、女性が審判員を目指すことや女子サッカーの発展につながってくれたらという気持ちが強くなりました。
――15年からは国際審判員としても活動されています。これまでの審判活動で忘れられない出来事や経験はありますか。
山下 やはり19年のFIFA女子ワールドカップ(フランス)ですね。小さい頃からサッカーをしていて、女子ワールドカップは夢の場所であり、すごい場所ということは分かっていましたが、まさか自分がそのピッチに立てるとは夢にも思っていなかったです。絶対に手が届かないところだと思っていました。試合前の高揚感やそのときの風景、音など、今も忘れられません。国際大会になると世界各国から集まった審判員が、大会を成功させるために団結します。フランス大会では「今までで一番の女子ワールドカップにしよう」という目標を掲げていました。全ての経験が印象的でした。
国籍は違っても、審判員はみんな同じ気持ちを持った仲間なので、大会が終わった後も連絡をとって情報交換しながら、日々の励みにしています。トップリーグの試合で知り合いの審判員が担当していたり、記事などで名前を見つけたりすると世界の仲間も頑張っているんだと、自分のモチベーションにもなりますね。
審判の道に誘った坊薗真琴さん(写真左)とは共に国際審判員としてチームを組み、
審判団としてFIFA女子ワールドカップフランス2019にも選出された(写真はアルガルベカップ2017より)
一流のプレーを間近で見て選手の熱量を感じられる
――ご自身の理想とする審判像などはありますか。
山下 選手や観客、試合に関わっている全ての人たちが夢中になる環境をつくり出せる審判員です。私もそうなれることを目指して1試合1試合に臨んでいます。審判員は試合中に注目を集める必要はないと思っているので、私はいつも「試合中は注目しないでください」と言うのですが(笑)、一方で、審判員も日本サッカーの発展に貢献したいと思って日々活動をしているので、ピッチ外ではサッカーファミリーの一員として皆さんにもっと注目してもらえたらと思っています。
――秋にはWEリーグも開幕予定ですね。
山下 日本女子サッカーにとって、とても大きな変化だと思います。私は審判員なのでできることは限られていますが、これまでの女子サッカーからの変化というものを、より周囲に伝えられるよう貢献していきたいと思います。
――山下さんにとって審判員の魅力とは。
山下 審判員の魅力はたくさんあります。一番の魅力は、大好きなサッカーに深く関われることです。審判員は、担当する試合に向けて分析をしていく中で、より深くサッカーを知ることができます。サッカーを通して、審判員以外のさまざまな立場の方とのつながりができ、大好きなサッカーについていろいろな角度から語り合えるということは、大きな魅力の一つではないでしょうか。
そして、誰よりも間近で一流のプレーを見ることができる、という点も審判員の特権ですね。試合中は選手やチームが感情をぶつけ合って戦っています。時には熱くなり過ぎる場面もありますが、言い換えれば、それだけの感情を出せるくらいに一生懸命プレーしているということです。その戦いをピッチ上で誰よりも間近で見ることができるのは、審判員だけです。そんな一生懸命な選手たちと同様、私たち審判員も全力で目の前の一試合一試合に臨んでいるので、これからもサッカーファミリーの皆さんが夢中になれる試合を一つでも多く増やしていきたいと思います。
プロフィール
山下良美(やました よしみ)
1986年2月20日生まれ、東京都出身
幼少期にサッカーを始め、大学時代、プレーを続ける一方で審判資格を取得する。2012年に女子1級審判員、2015年に国際審判員(女子主審)に登録。2016年、2018年にはFIFA U-17女子ワールドカップ(ヨルダン、ウルグアイ)で、2019年にはFIFA女子ワールドカップ(フランス)に主審として参加。2019年はAFC CUP2019(男子)でも主審を担当。2019年12月に1級審判員に登録され、天皇杯やJFLで主審を務める。2021年1月、女性審判員としては初めてJリーグ担当審判員(主審)にリスト入りした。