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暴力根絶に多角度からの努力を ~いつも心にリスペクト Vol.71~
2019年04月22日
サッカー界を挙げて「暴力根絶」に取り組んでいる中、2月にまたも残念な事件が報道されました。福岡県のジュニアユースチームで、監督が中学2年生のプレーヤーに2・5キロもの収納袋を投げつけて頭部陥没骨折を負わせたとして傷害容疑で逮捕されたというのです(2月18日、毎日新聞)。日本サッカー協会(JFA)では2014年に「ウェルフェアオフィサー」の制度をスタートさせ、暴力根絶に努めています。
「ウェルフェア(Welfare)」という英語は、少し難しい言葉ですね。「幸福・快適な生活・福利」などを意味するそうですが、JFAの運動が広まり、この言葉が日本語にすっかり溶け込む状況になれば、暴力もなくなっているのではないでしょうか。
さて、「ウェルフェアオフィサー」には3種類あります。地域で暴力や暴言などに悩むプレーヤーなどからの相談を受ける「ジェネラル・ウェルフェアオフィサー」、大会や試合の場で両チームベンチや応援席からの暴言などに気を配り、注意する「マッチ・ウェルフェアオフィサー」、そしてクラブ内に配置された、そうした役割をする人が「クラブ・ウェルフェアオフィサー」です。2月の福岡の事件で強く感じたのは、明確な「権限」をもつ「クラブ・ウェルフェアオフィサー」の早急な普及、できれば全クラブに配置する必要があるということでした。
1月にUAEで行われたAFCアジアカップの準々決勝、UAE対オーストラリアでこんなことがありました。オーストラリア選手と激突したUAEのジュマというDFが脳振とうを起こしてピッチに倒れました。見ると白目をむいていたので、味方選手が慌てて救急車を呼ぶほどでした。数分かけて担架に乗せ、ピッチ外に運び出したのですが、ジュマ選手はすぐに立ち上がり、プレーに加わると強く主張します。
試合終了間際のことです。UAEは1点をリードしていましたが、すでに3人の交代を終了しており、10人で必死に守っているところでした。ピッチに戻りたいというジュマ選手の気持ちはよく分かります。ドクターは懸命に思いとどまるように説得しましたが、ついに諦め、ジュマ選手はピッチに戻ります。しかし次のプレーをした時にはフラフラの状態になり、今度はチームメイトが抱えてピッチ外に運び出しました。
脳振とうは非常に怖い状況で、生命の危険さえあるので、通常、こうしたことは許されません。本来なら、監督がドクターの意見を聞き、プレーさせてはいけないとなったら絶対に出させてはいけないのですが、終了直前の混乱の中で、そうした手順は踏まれなかったように見えました。
けがや脳振とうなどがあったとき、プレーを続行していいかどうかを決める権限があるのは、ドクターだけです。監督にその権限があってはなりません。「権限」を明確にしておかないと、プレーヤーが犠牲になってしまいます。
「クラブ・ウェルフェアオフィサー」もドクターと同じはずです。試合だけでなく日常の練習にも帯同し、監督の言動をはじめとした活動全般に目を配り、サッカーの活動に優先して暴力や暴言などを止める権限をもたせるべきです。
もちろん、監督など指導者側の意識向上も重要な要素です。
カナダのトロント市のサッカー協会では、「リスペクト・イン・サッカー」プログラムを実施しています。少年少女を指導するコーチは、30ドルを支払ってプログラムを受講し、5年間有効の修了証を受け取らないと指導ができない制度になっているのです。
JFAにはライセンスを持った指導者が約8万人登録されています。トロントの例にならい、資格取得や更新にあたって、必ずリスペクトに関するプログラムを受講させ、修了することを必須とするべきかもしれません。
サッカーに取り組む少年少女たちがサッカーをすることで「幸せ」になれるよう、あらゆる角度から暴力を根絶させるための努力をしていかなければなりません。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年3月号より転載しています。
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