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人を大切にする ~いつも心にリスペクト Vol.75~
2019年08月27日
東京とブエノスアイレス。北山朝徳さんとの交流は、北山朝徳さんが日本を訪れるとき以外は、国際電話が主体でした。インターネットが普及してからは、メールやネット電話が中心になりました。
最初の出会いは1984年。トヨタカップに出場するインデペンディエンテの取材でアルゼンチンのブエノスアイレスを訪れたときでした。北山さんは1978年に開催されたワールドカップ・アルゼンチン大会時に日本のサッカー関係者と交流を持つようになっていたのですが、この大会時には、私はお目にかかることはできなかったのです。
北山さんが経営する会社のオフィスにお邪魔すると、北山さんは最初からまるで数十年の友人のように扱ってくれ、ジョーク連発の会話でなごませてくれました。
片目が悪いせいでトレードマークのようにかけていた色眼鏡と、機関銃のように出てくる広島弁にたじろぎぎみだった私が「この人は信用できる」と感じたのは、当時おそらくまだ十数人だった社員に対する分け隔てのない態度、そして社員たちから例外なく伝わってくる、北山さんへの父親に対するような圧倒的な敬愛の念が見えたからでした。
「人を大切にする」
これこそ、北山朝徳という人の根幹だったような気がします。
北山さんは1947年に広島県の豊島(現在は呉市)で生まれました。みかん農家の次男坊でした。拓殖大学では「ブラジル研究会」に所属し、早くから世界への飛翔を夢見ていました。そして1970年に大学を卒業すると、北米から南米にかけて放浪、たどり着いたアルゼンチンのブエノスアイレスに定着しました。
ブエノスアイレスでは当初漁業関係の仕事をし、いきなり成功しましたが長続きせず、76年6月に運送事業を主体とする「トーシン」を設立しました。漢字で書くと「東進」。東へ東へと事業を進め、やがて日本を征服しようという、20代の若者らしい気概を表した社名でした。
古ぼけた小さなビルの1室で始めた会社はやがて軌道に乗り、旅行業、書店、スポーツ店など、事業を広げました。現在では都心の南に自社の社屋をもち、50人の社員を持つ中堅企業となっています。
その中で北山さんの信念は、「人を大切にする」ことでした。日系人に限らず、北山さんは人柄で社員を選び、能力に応じた仕事を熱意を込めて指導しました。北山さんの会社から巣立った人がいろいろな分野で活躍しているのは驚きではありません。
そして77年、会社をスタートさせてからわずか半年で、初めて日本サッカー協会の仕事を手伝うことになります。来日が決まった名門クラブ、インデペンディエンテとの折衝でした。
ここで前年にクラブ会長に就任したばかりの気鋭のサッカー人、フリオ・グロンドナ氏(故人)と出会います。グロンドナ氏はたちまち北山さんの率直で誠実な人柄を見抜き、百パーセントの信頼を寄せるようになります。そしてグロンドナ氏が79年にアルゼンチン・サッカー協会会長に就任、アルゼンチン協会を通じて、北山さんが南米中のサッカー人の信頼を集めるようになるには、そう時間は必要ではありませんでした。
信頼の理由は明らかです。北山さんが何より「人」を大切にする人だったからです。南米のサッカー界との交渉はときに難しい状況がありました。しかし北山さんが常に日本の立場だけでなく相手の立場を考慮した発言をすることで、「キタヤマが言うなら」と、最終的に相手も納得がいくのです。
相手の立場を考える、人を大切にする――。これこそ「リスペクト」の根本精神ではないでしょうか。「見かけ」とは裏腹に(北山さん、失礼!)、北山さんは子どもたちの涙に心を痛める繊細で優しい心を持ち、人とのつながりを何より大切にしてきたのです。
2019年6月18日逝去。享年72歳。ご冥福を祈るとともに、北山さんが示し続けた「人を大切にする」リスペクトの心を私たちも持ちたいと思わずにいられません。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年7月号より転載しています。
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