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悲劇の中、勝者を称える ~いつも心にリスペクト Vol.108~

2022年05月25日

悲劇の中、勝者を称える ~いつも心にリスペクト Vol.108~

沢田啓明さんは1955年山口県生まれ。広島県で育ち、1986年にブラジルに渡って、現在はサンパウロでスポーツジャーナリストとして活躍しています。日本でもサッカーに関する書籍はたくさんありますが、私がトップクラスに好きなのが、2014年に沢田さんが新潮社から発行した『マラカナンの悲劇~世界サッカー史上最大の敗北』という一冊です。

1950年、世界最大のスタジアム「マラカナン」で起きたブラジル代表の悲劇的敗北。ワールドカップ優勝を懸けた一戦で、ウルグアイに1-2で逆転負けをした試合は、「ブラジル人にとってのヒロシマ」と表現した人もあるほど大きなショックを国民に与えました。沢田さんは20年という歳月を掛けてこの試合のことを調べ、珠玉のような本に結実させました。なぜ私がこの本を好きなのか――。それは、すばらしいリスペクトの物語が織り込まれているからです。

マラカナン・スタジアムに20万とも23万とも言われる人が詰め掛け、祖国のワールドカップ初優勝に期待を掛けた試合。しかし、セレソン(ブラジル代表)は引き分けでも優勝という圧倒的に有利な立場を生かせず、悲劇的な結果に終わります。スタンドでは号泣するファンもいました。

その晩、ウルグアイ代表選手たちは協会の役員から外出禁止を言い渡され、ホテルの自室で疲れを取るように命じられます。「気が立っているブラジル人に襲われるかもしれない」という理由でした。

しかし、キャプテンのオブドゥリオ・バレーラはその命令を無視し、その晩、一人で外出します。そしてホテルから数分歩いた広場に面してただ1軒だけ開いていたレストランに入ります。レストランには数組の客がいて、しきりに試合の話をし、負けたブラジルに対する不満をぶつけていました。

彼らから離れて一人座り、ビールを飲んでいたバレーラに、一人の若者が近づきます。そして「あんた、ウルグアイ代表のキャプテンだよな」と聞きます。殴られることを覚悟して、バレーラはうなずきます。しかし若者の口から出たのは意外な言葉でした。

「あんたはすごい男だよ……。体を張ってブラジルの攻撃を食い止め、チームを鼓舞し続けた。セレソンだけじゃなく、スタンドのすべての観衆を敵に回して戦い続けた。そりゃあ、俺たちはあんたを野次りまくったさ。あんたが憎かった。でも、心の底では、あんたがどれだけ勇気があるか、よくわかっていた。(中略)あんたがいたから、ウルグアイは勝てた。あんたみたいな勇敢な男がいなかったから、セレソンは負けた。(中略)セレソンが負けて、俺は本当に悔しいし情けないよ。でも、あんたは本当に立派だった。おめでとう」

バレーラは若者と握手し、強く抱擁します。若者はバレーラの背でおえつしていました。

やがて他の客も立って次々とバレーラの席を訪れ、優勝を祝福します。バレーラは彼らの席に移り、交流は明け方近くまで続いたと、沢田さんは書いています。

バレーラが禁を犯して夜の街に出てみようと思い立ったのは、試合後の一光景が頭に残っていたからでした。優勝のジュール・リメ杯を手にしたバレーラ主将を先頭にウルグアイの選手たちが場内を一周したとき、ブラジルの観衆は涙を流しながらも拍手を送ってくれたのです。ウルグアイの選手たちを野次る人はいませんでした。

20年という歳月をかけて南米各地や欧州を巡り、ありとあらゆる資料を集めてこの本を書いた沢田さん。最初の動機は、半世紀という年月を経ても語り継がれ、思いが新たにされている「悲劇」の本質、ブラジル人とは何かを探ることでしたが、次々と出てくる新事実やエピソードに魅せられ、「この物語を通じて、日本の人びとにフットボールの素晴らしさと残酷さの一端を知ってほしい」と思い、本の執筆にかかったといいます。

バレーラとブラジル人ファンの話はそのほんの一部です。しかしこんな素敵なエピソードを私たちに届けてくれた沢田さんに、私は深く感謝したいと思うのです。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2022年4月号より転載しています。

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