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堂々たる退場 ~いつも心にリスペクト Vol.121~
2023年06月22日
レッドカード。それは選手にとって悪夢のような出来事です。自分がピッチから追い出され、もうプレーできないだけではありません。チームは10人になり、試合の残り時間を大きなハンディを背負って戦わなければならなくなるのです。
悪意をもって反則をし、退場を言い渡される選手などまずいません。ボールを奪おうとする動きに勢いがつき過ぎ、相手を強く蹴ってしまうなど、結果として危険なプレーになるケースが大半です。
多くの場合、レッドカードを突きつけられた選手はパニックになり、「ボールをプレーしようとしただけ」というようなことを言ってなんとか判定を変えようとします。そこにチームメートも加わって、主審にいろいろ言う風景は、日本のサッカーではごく当たり前と言っていいでしょう。
しかし少し考えれば、選手が何を言っても判定が変わるわけではありません。まして現在のJ1リーグのようにビデオアシスタントレフェリー(VAR)が入っている試合では、主審がレッドカードを出したとき、あるいは主審が出さなくてもVARが「レッドカードの可能性がある」と判断した場合には映像で確認されるので、何を言っても変わるわけがありません。ところが、VARで退場処分の結論が出ても、まだ収まらず、異議を唱えている選手が少なくありません。気持ちは理解できますが、成熟した人間としては変えられないことを受け入れる心の落ち着きが必要です。
4月15日に行われたJ1の「浦和レッズ対コンサドーレ札幌」で印象的なシーンがありました。
前半のうちに札幌に退場者が出た試合。後半半ばにようやく浦和が相手ゴールをこじ開け、さらに攻めかかっていた時間帯です。札幌のGK具聖潤(ク・ソンユン)がボールをペナルティーエリアの外まで運んで大きく蹴ろうとしました。そこに少し前に交代出場したばかりの浦和のFWホセ・カンテが激しく詰め寄りタックル。ボールを蹴った直後の具聖潤の右足にカンテの右足が当たり、具聖潤はもんどり打って倒れました。
主審は御厨貴文さん。即座に笛を吹き、カンテにイエローカードを示すと、札幌のメディカルスタッフを呼びます。その間に御厨主審はカンテと話し、納得したカンテは具聖潤のところに近づいて気づかう様子も見せました。
御厨主審が「VAR」マークを示してピッチ外のモニターのところに走り寄ったのはそのときでした。そしてプレーを2回、3回と見直すと、ピッチに戻り、イエローカードを取り消してカンテにレッドカードを示したのです。
カンテの態度は意外でした。御厨主審に歩み寄り、右手を出して握手を求め、そのままスタスタと歩いて退場していったのです。
VARチェック後のレッドカードですから抗議の余地はありません。しかし退場になった選手が主審と握手するシーンはJリーグでは見たことのないものでした。この後、試合は活発な攻め合いになり、結局、浦和が4-1で勝利をつかみましたが、カンテの堂々たる態度は強く印象に残るものでした。
数日後、あるサッカーのニュースサイトでカンテにそのときのことを聞いたという記事を読み、ようやく納得がいきました。
「直後は正直、自分もレッドカードではないと思っていたんですが、(スタジアムの大型ビジョンの)VTRを見て確認したところ、やはり危険なプレーだということに自分も気づき、審判に『間違いないジャッジだった』と伝えました」(『ゲキサカ』4月20日配信)
悪夢のようなレッドカード。それを自分自身でしかもピッチ上で認め、しかも握手という行動で主審に伝える――。人間としての気高さとともに、プロとしての誇りを感じさせる態度でした。
カンテはシーズンが始まってから移籍加入したギニア代表(スペイン生まれ)のストライカーです。長く試合から離れていたため、まだコンディションが整わず苦しんでいますが、こうした人間性は周囲からの信頼を生み、今季後半には浦和をけん引する活躍が期待できるのではないかと思うのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2023年5月号より転載しています。
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