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試合は0-0から始まる ~いつも心にリスペクトVol.13~
2014年06月02日
「どんな試合だって、0-0から始まるんだぞ!」
私の大好きな言葉のひとつだ。リスペクトの精神をとてもよく表現していると思う。
語ったのはヨハン・クライフ。オランダが生んだ史上最高の選手であり、「スーパースター」のニックネームで1970年代に活躍した。引退後は、オランダ代表こそ率いるチャンスはなかったが、名監督としてスペインのバルセロナなどで手腕を発揮した人だ。
1971年6月2日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われた欧州チャンピオンズカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)の決勝戦、アヤックス(オランダ)対パナシナイコス(ギリシャ)の試合前、アヤックスのロッカールームでの言葉である。
アヤックスの決勝進出は2年ぶり2回目。スピードにあふれたサッカーをひっさげ、2年前にオランダのクラブとして初めて決勝に進出したが、そのときは老かいなACミラン(イタリア)に1-4でたたきつぶされた。しかし今回は、若手も台頭し、自信をもってロンドンに乗り込んできた。
相手のパナシナイコスはもちろん初めての決勝進出。現在のように外国籍の選手を無制限に近く使える時代ではない。選手は全員ギリシャ人であり、代表選手を多く抱えるとはいえ、ギリシャ代表自体が強い時代でもなかった。選手たちがこれほどのひのき舞台に立ったのは、もちろん初めてのことだった。監督こそハンガリーが生んだ不世出の名選手フェレンツ・プスカシュだったが、選手の中に世界的な名声をもった者はいなかった。
当然、アヤックスも大半がオランダ人だった。外国籍の選手はただひとり、DFのバソビッチ(ユーゴスラビア)だけ。しかし2年前の決勝を経験しているアドバンテージは計り知れなかった。
「ギリシャ人たちはスタジアムへのバスの中で、みんな恐怖で身震いしていたらしい。オレは相手のベテラン選手に聞いたんだ」
ある選手が大声でこう話すと、アヤックスのロッカールームには大きな笑い声が起こった。
クライフはこのとき24歳。生まれつきのリーダーではあったが、まだキャプテンではなかった。チームには、彼より年上の選手が何人もいた。だがそれでも、彼はこの雰囲気が気にくわなかった。その瞬間、彼の口から強い調子で出たのが、冒頭の言葉だった。
「どんな試合だって、0-0から始まるんだぞ!」
アヤックスの選手たちはすでに勝ったつもりでいる。自信をもっているのはいいが、相手を甘く見ると痛いしっぺ返しを食らうのがサッカーというゲームだ。どんな試合も、キックオフのときには0-0。まったくのイーブンだ。それを忘れず、勝つために全力を尽くさなければならない—。
相手に対するリスペクトと言ってもいい。サッカーというゲームに対するリスペクトと言ってもいい。いずれにしても、アヤックスの選手たちの目は覚めた。
試合はアヤックスのキックオフで始まった。アヤックスは最初の瞬間から集中を切らさず、前半5分には左サイドを突破したFWカイザーのクロスをFWファンダイクがヘッドで決めて早々と先制点を記録した。そしてその後も攻守ともに緩めることなく、後半42分にクライフの繊細なスルーパスに合わせて走り込んだMFハーンが2点目を決めて2-0で勝利。念願の初優勝を飾った。
「チームの伝統」と言われるものがある。1部リーグと2部リーグなど、所属するリーグなどの格付けもある。代表チームになれば、FIFAランキングなどという奇妙なものもある。しかし相手を「格下」と見て侮ったり、「格上」と決めつけて萎縮してしまうのはばかげている。どんな相手でも自分たちのもっているものを全力で表現するのが、スポーツをする者にできる唯一のことのはずだ。
試合はいつでも0-0から始まる。それこそ、スポーツのもつ最大の平等性であるに違いない。だがときとして、多くのチームやプレーヤーがそれを忘れてしまう…。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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