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あとにくる人を想像する ~いつも心にリスペクト Vol.65~
2018年09月25日
ロシアで開催されたFIFAワールドカップ、日本代表が優勝候補のベルギーに立ち向かった一戦は世界の多くの人に感銘を与えました。
相手の強さを認めながらも臆することなくパスをつないで攻め込み、見事なチームプレーで2ゴールを先制、同点にされても、最後まで勝利を追い求めて果敢に、そして積極的に戦いました。
そしてプレーぶりとともに世界中の人びとを感動させたのは、試合後のロッカールームを写した1枚の写真でした。
まるで試合前のようにきれいに片づけられたロッカールーム。台の上には、ロシア語で「ありがとう」と書いたカードが立てられています。ベスト8の夢を断たれて失望のどん底にあるときに、日本代表のスタッフは最後まで自分たちの仕事を忘れず、いつも通りきちんと掃除をしてスタジアムを後にしたのです。
ロッカールームだけではありません。日本からのサポーター、観戦客は、一生懸命に応援した後、勝ったときも負けたときにもゴミを残さず、スタンドをきれいにして帰ったことが、大会開催国ロシアだけでなく、世界的な話題になりました。
最初にそうした報道がされたのは、たしか1993年にカタールのドーハで開催されたワールドカップ予選のときだったと思います。念願かなってワールドカップ初出場を果たした1998年フランス大会でも、3連敗したにもかかわらずスタンドのゴミを残らず持ち帰った日本のサポーターは話題になりました。そしてJリーグでも、そうした姿は当たり前のようになっています。
外国で試合の翌朝スタジアムに行くと、数十人の清掃員が懸命にスタンドを掃除しているのに出くわします。ほうきで掃くというような生易しいものではありません。大型の掃除機にホースを逆につけたような機械を使い、片っ端からゴミを吹き飛ばし、一箇所に集めて収集するというかなり乱暴な方法です。そのゴミの量は、本当に驚くばかりです。
考えてみると、私たちは「あとにくる(使う)人のことを考える」ということを子どものころからしつけられてきた気がします。使ったものは元の位置に直す、自分が食べたり飲んだりした後の袋や残りものは、きちんと所定の場所に捨てる。あるいは持ち帰る……。
そうした「しつけ」は、サッカーの場にもあります。日本ではまだ土のグラウンドが多いのですが、使い終わった後には必ずグラウンド整備をします。105メートル×68メートル、7000平方メートルを超すサッカーグラウンドを「トンボ」と呼ばれる用具を引っぱりながら人力だけで平らに戻すのは、けっして軽い仕事ではありませんが、我慢強く歩き回り、グラウンド整備をします。
なぜこのようなことが「当たり前」になっているのでしょうか。それは、「あとに使う人」が気持ち良く練習できるようにという想像力が働くからではないでしょうか。回り回れば、次に自分たちが使うときにも、きちんと整備された平らな施設があるということです。
「あとにくる(使う)人」を気づかうのは、ひとつには「想像力」の豊かさであり、直接見ない人への「リスペクト」の表れでもあります。「あとにくる(使う)人」が自分とは無関係な赤の他人ではなく、自分と同じようにサッカーを楽しみたい人びとであるという想像力が働かないと、なかなかこうした行為はできません。
ロッカールームをきれいに掃除して帰る行為、自分たちが出したゴミを拾い集めて帰る行為には、少し違った分析もあるかもしれません。日本には、自らが出した「汚れ」が他人の目に触れることを「恥」とする文化があると指摘する人もいます。
しかしいずれにしても、こうした行為の背景には他人を思いやる「リスペクト」の豊かな文化があります。ワールドカップは、日本のそうした文化を世界に伝え、広めるという働きもあります。すでに、試合後にロッカールームをきれいに清掃して帰るチームが世界に現れはじめているといいます。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2018年9月号より転載しています。
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