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すぐ起きるのがかっこいい ~いつも心にリスペクト Vol.72~
2019年05月28日
サッカーにはひとつとして同じ試合はなく、何十年間見ていても毎試合新しい場面に出くわします。しかし1月のアジアカップで心から驚いたシーンがありました。半世紀以上サッカーを見てきて、似た場面さえ記憶がないシーン。それは準決勝の日本代表対イラン、後半11分のことでした。
FW大迫勇也からスルーパスを受けたFW南野拓実が突破を図ります。ペナルティーエリアに入ろうとするところでイランのDFカナニがタックル、南野はエリア内に倒れ込みます。
それを見たカナニは両手を挙げて主審の方に振り向き、「ファウルなんかしてないぞ」とアピールします。南野を追ってきたイランの2人のDFも同じように足を止めて主審に「シミュレーションだ。イエローカードだ」と詰め寄ります。なんとこのとき、5人ものイラン選手がオーストラリア人のビース主審を取り囲む形になりました。しかしビース主審は、まったく違ったものを見ていました。
倒れ込んだ南野でしたが、ファウルのアピールをするわけでもなく、ついた手で素早く立ち上がり、コーナーに向かって転がったボールを追っていたのです。
イランの5選手が気づいたのは、南野がボールに追いつき、ターンしてクロスを入れようとしているところでした。タイミングを逃さずに入れたクロスは、走り込んだ大迫の頭にぴたりと合い、日本の先制点となったのです。
現代のサッカーで最も醜いもののひとつが、PKをもらうためにファウルを受けたように装って倒れる「シミュレーション」であり、実際にファウルがあったときに相手により大きなペナルティー(PKやイエローカード)を課そうと大げさに痛がったり、倒れたまま起き上がろうとしない選手たちです。そうした光景は、どんな試合の中でも繰り返し見ることができます。
巧妙なシミュレーションでPKを獲得し、勝利を得ることがあるかもしれません。大げさに痛がることで主審の判断を迷わせることもあるでしょう。倒れたままでいることで、時間かせぎをして勝利に近づいていると思う選手もいるかもしれません。こうした行為で「得する」と思う選手がいるから、懲りることなく毎試合続けられているのだと思います。
しかしそれはサッカーというゲームに対する「リスペクト」に欠ける行為、サッカーにとっての「自殺行為」であることを知らなければなりません。こうした行為はサッカーの魅力を損ないます。ファンはもちろん勝利を願っていますが、それ以上にすばらしいパスワークやテクニック、思いもつかないアイデアを待ち望んでいます。シミュレーションや倒れたままの選手たちは、そうした期待を裏切っているのです。
しかし現代のサッカーは、チャンスさえあれば倒れてPKを取ってやろうとする選手や、大げさに痛がったり倒れたままで居ることで目の前の利益を得ようという選手であふれています。それがあまりに当たり前だからこそ、軽い接触で南野が倒れ込んだとき、イランの選手たちは疑うことなく彼がPKを得るためのシミュレーションをしたと思い込み、その場で足を止め、何にも優先して主審へのアピールに走ったのでしょう。
ところが南野は、ボールを追いかけることしか考えていなかったのです。少しでも「倒れて何か得をしよう」と考えていたら、あれほど素早い立ち上がりはできなかったでしょう。プレーに集中しきっていた結果、考える間もなくボールを追っていたのです。
当たられても倒れない強さがあれば一番いい。しかし倒れてもすぐに起き上がり、ボールを追う姿勢は、本当に「かっこいい」と思います。そうした姿勢でプレーする選手は成長を続けられるでしょう。そしてそうしたプレーを促すチームは、自分たちのサッカーをどんどん進化させていくことができるでしょう。
南野の「サッカーに対するリスペクト」の姿勢が先制点につながることで報われたことに、私は大きな満足と誇りを感じました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年4月号より転載しています。
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