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VARにはリスペクト? ~いつも心にリスペクト Vol.96~
2021年06月22日
「2022年ワールドカップではロボット・レフェリーがオフサイドを判定?」
英国でこんな話題が出たのは昨年秋のことでした。スウェーデンの会社が開発したソフトウェアは、選手の「骨格」からオフサイドを瞬時に判定するもので、現在、ビデオアシスタントレフェリー(VAR)システムで使われている映像にオフサイドラインを引いてVARが判定するものよりはるかに早く判定できるといいます。すでに2019年12月にカタールで行われたFIFAクラブワールドカップでテストが行われ、上々の結果が得られたそうです。
2012年にゴールラインテクノロジー(GLT)が、そして2018年にVARが正式に認可され、サッカーは急激に「機械判定」の時代に入りつつあります。来年のワールドカップで使用されるかどうかは別にして、「ロボット・レフェリー」は決して空想物語ではないのです。
Jリーグでも、昨年第1節だけしか使われなかったVARシステムが、今季はJ1の全380試合で導入されることになり、VAR下での試合が続けられています。見事なゴールがVARで取り消されたことも何度もあります。チェックに少し時間がかかり過ぎるという指摘もあります。しかしリーグ序盤戦では、有効にVARが活用されているという印象でした。
何よりも、選手や監督たちが、VARがチェックして判定が下されたときには非常におとなしく従っているのが印象的です。「VARで見た結果なら仕方がない」と思っているのか、あるいは「VARが出した結論に文句を言っても始まらない」と分かっているためか、どんな結論でも受け入れています。
VARというものに対する信頼、リスペクトの表れと見ることもできるでしょう。さまざまな角度からの映像を、スローにしたり止めたりしてチェックすることを知っているので、間違いはないと思っているのです。
では、ピッチ上にいる審判員への態度はどうでしょうか。VARがあるので、重要な事項で間違いがあれば訂正してくれるのだから、ピッチ上の審判員への抗議や異議、不満な態度など大幅に減ったのでしょうか。
実はまったく減っていないのです。VARがあっても試合中の判定の大半は主審と2人の副審の3人で行われます。ボールがタッチライン外に出たときにどちらのスローインになるのか、ファウルかファウルでないか。VARがあっても、ゴールかゴールでないか、PKかどうか、退場かどうかなどの重要な判定を含め、ピッチ上のレフェリーたちは誠心誠意で判定に当たっています。そうした判定に対し、選手や監督たちからの異議、抗議は減っていないどころか、「VARを見ろ」という新種の抗議まで加わって、相変わらずの喧噪が続いているのです。
すなわち、ピッチ上のレフェリーたちに対するリスペクトは、VARが使われるからといって増しているわけではないのです。むしろ、目に見えないVARに対する「何を言っても仕方がない」という諦めの気持ちからか、目の前に立つレフェリーたちに対してはこれまで以上に強く当たるようにさえ、見えるのです。
これはどうしたことでしょうか。VARは、サッカーから試合結果に影響を与えるような決定的な誤審をなくし、両チームだけでなく、ファン、そしてレフェリーたちなど、誰にとってもハッピーな試合にすることを目指していたはずです。ところが実際には、ただピッチ上のレフェリーたちへのリスペクトの気持ちを薄くしてしまっただけのように見えるのです。
VARが使われているリーグだからこそ、VARが関わる判定以外はレフェリーの判定を尊重し、自分たちの仕事(プレーや指揮)に集中するのが、プロフェッショナルというものではないでしょうか。さらに「機械化」が進む前に、ピッチ上のレフェリーへのリスペクトをもう一度確認しなければなりません。そうでないと、遠からぬ将来に、私たちは機械の奴隷に成り下がってしまうでしょう。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年4月号より転載しています。
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