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世界のサッカーファンに対するリスペクト ~いつも心にリスペクト Vol.116~
2023年01月24日
オリンピックの開会式は、それ自体で重要な一種目のように注目を集め、大きな予算を割かれて準備が行われます。
私たちの年代だと、1964年の東京オリンピックの開会式をカラーテレビで見て、真っ青な秋晴れの下、国立競技場のアンツーカーのトラックの上を行進する真っ赤なブレザーの日本選手団の姿に感動したのを覚えています。近年のオリンピックでは、3時間、4時間にわたる開会式もあります。
それに比べるとFIFAワールドカップの開会式は簡素なものです。開会式だけ単独に行われることはなく、開幕戦に先立って30分間ほど行われるだけだからです。しかし短時間でも、ホスト国は世界にアピールできる機会と、張りきって準備します。ミラノのサンシーロ・スタジアムで行われた1990年のイタリア大会開会式では、スカラ座でルチアーノ・パバロッティが歌う『誰も寝てはならぬ』(プッチーニ)が生中継され、感動を呼びました。
オリンピックを含め、こうした開会式に共通するのは、自国の歴史を紹介し、文化を見せることです。それによって開催国がいかに偉大か、素晴らしい文化を持っているかを、世界に強く訴えかけようとするのです。もちろん、「人類の調和」のようなテーマもありますが……。
そうした「開会式あるある」から見ると、「FIFAワールドカップカタール2022」はとても変わっていました。自国をアピールするより、世界中からのサッカーファンを歓迎するというホスピタリティーの意識に満ち溢れていたからです。
もちろん、序盤には、「海の民」であるカタールという国を紹介するパートもありました。幻想的で、芸術性の高いものでした。しかしそれが終わると、いきなり出場各国のサポートソングが始まります。アルゼンチンからABC順に、おなじみのサポートソングがメドレーで流れるのです。そしてそれに合わせて、出場各国のユニフォーム姿の大きな着ぐるみが行進してきました。大型映像装置には、歌に合わせた各国のサポーターの様子が映し出されます。
それが一段落すると、今度はワールドカップマスコットです。初登場した1966年イングランド大会以来、過去14大会の着ぐるみが行進してくると、音楽はそれぞれの大会の公式ソングに変わります。そして最後に、今大会のマスコット「ライーブ」が巨大な姿で登場し、空中を泳ぎ回ります。カタールに最初に定住したのは海の幸を求めた人々で、穏やかなペルシャ湾の海のシンボルが巨大なエイ。ライーブはその姿を模していますが、その下を半世紀以上にわたる大会のマスコットがカラフルに乱舞する姿は楽しさに満ちたものでした。
カタール大会の開会式は、自国の歴史や文化をアピールする以上に、世界のサッカーファンを歓迎し、ワールドカップの歴史そのものにリスペクトを示すものでした。その姿勢に、私は大きな感銘を受けたのです。
もちろん、カタールの王族がワールドカップ招致を強く推し進めたのは、現在この国を潤している化石燃料が枯渇した後にもしっかりとした経済が保てるよう、「観光立国」に向けてイメージアップしようという狙いがあったと思います。さらに、何よりも名誉を大切にするアラブ社会での「功名心」もあったかもしれません。そして強引な招致活動の中で、さまざまな不正もあったでしょう。それによって国際サッカー連盟(FIFA)の旧体制は転覆しました。さらにはスタジアム建設やインフラ整備で外国人労働者を酷使し、死者も出したと、欧米のメディアが毎日のように伝えています。
しかし自国を誇るのではなく、世界のサッカーファンへの愛情、そしてワールドカップの歴史に対するリスペクトを、これほどストレートに表現した開会式は、これまでにないすがすがしいものでした。そんな開会式を用意したカタールの人々ですから、きっと楽しいワールドカップになるだろうと、日本対ドイツ戦の朝、私は考えています。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2022年12月号より転載しています。
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