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日本代表フィジカルコーチが語る、代表チームの暑熱対策「対策は、練習が始まる前からできる」
2019年07月04日
世界を股にかけて活動する日本代表チームは、どのような暑熱対策を行っているのか。松本良一フィジカルコーチに話を聞いた。
ペットボトル約1本を練習前に飲むのが理想
――日本サッカー協会(JFA)には、各国の暑さを数値化したデータなどはあるのですか。
松本 特にありません。重要なのは場所ではなくて「時期」だからです。例えば、日本が暑いときに東南アジアに遠征する場合、われわれの体はすでに暑さに順応していますので、それほど負担になりません。
逆に日本と遠征先の気温に大きな差がある場合、例えば冬場の日本から35℃前後の東南アジアに行くとなると、選手のコンディションを現地の気温に順化させる必要が出てきます。ですから、海外遠征のときは、渡航先の気温に加えてそのときの日本の気候をイメージしておく必要があります。
――問題は温度差への順化なんですね。
松本 代表選手のほとんどが国内でプレーしていた一昔前でしたらチームを一括管理できたのですが、今は違います。海外のクラブでプレーする選手も多いので、彼らのコンディションも整えなければならない。選手個々にアプローチする必要性が増えたことは間違いありません。
――代表チームではどのように暑熱対策していますか。
松本 強調したいのは、練習前に水分を取ることの重要性です。練習前に脱水していないことが大前提なので、これは「超」がつくほど重要です。最初の運動で一気に汗をかいたとして、そのときに喉が乾くようでしたらもう手遅れです。一定のパフォーマンスを発揮するためには体が脱水状態にならないことが必須で、そのためには練習前からきちんと水分を補給することです。
――どれくらい飲めばいいですか。
松本 250~500㎖でペットボトル約1本分、またはアイススラリー(※)1パックを飲んでもらうことが理想です。それくらいの量ならば誰でも飲めると思います。グラスルーツでも、練習前には水分補給する習慣を少しでもつけてほしいですね。子どもの場合はペットボトル半分でもいいので、飲んでほしいです。
※液体を製氷し、微細に砕いてシャーベットと液体分が混ざり合うようにした飲料のこと。流動性のある氷の粒子を飲むことで体内から効果的に冷やし、同時に水分補給もできる。
――なかなか知られていない情報です。
松本 練習やウオーミングアップの前に少量の水を口にする選手は多いと思うんです。そうではなく、しっかり飲むことがポイントです。この場を借りて暑熱対策は練習が始まる前からできる、とぜひ伝えたい。代表選手の中にも飲まない選手がいるので、彼らの意識を変えなくてはなりません。
今回の取材に応じてくれた松本良一フィジカルコーチ。
ジェフ時代はイビチャ・オシム監督、広島時代には森保一監督と、後の日本代表監督を陰でサポートした
手のひらを冷やすと体の深部も冷える
――練習中はどのような工夫をしていますか。
松本 水分摂取の回数をできるだけ多く設けてもらうことと体を冷やすことです。
――年代別代表では、練習の合間などにクーラーボックスに手を入れて冷やしている選手たちがいます。
松本 手掌冷却です。「体を冷やす」というと、かつては足の付け根や脇の下、首のうしろを冷やすことがスタンダードでした。今は手のひらを冷やすと体の深い部分まで冷やされ、パフォーマンスが向上するというデータがあります。JISS(国立 スポーツ科学センター)のサポートのもと、U-22日本代表は昨年のアジア競技大会から本格的に始めました。手を冷やして体に血液をめぐらせていくこの手法は効果てきめんでした。
――練習中に水分補給をする際、気を使っている点は?
松本 選手たちが一つの練習を終えて次の練習に移るとき、できるかぎり水を置いておいて移動中に水分補給してもらう工夫が一つあります。あとは、監督やコーチにお願いして、練習と練習の間が空くようにメニューを設定してもらうこともあります。通常であれば何分間か続く練習を複数回に分けてもらい、水分補給のためのブレイクを設ける、といった具合です。
――それくらい、脱水しないことは大事なんですね。
松本 練習後、体重が2~3%減っ ていたとしたら、「次の練習ではもっと水分をとらないとダメだぞ」というメッセージのようなものだと考えてください。2~3%といったら、体重70㎏の選手の場合、1.4~2.1㎏に相当します。水分補給はもちろん、栄養を取ったり、質の高い睡眠を取るなど、すぐにリカバリーが必要になります。
練習よりもさらに強度が高い試合では、クーリングブレイクはもちろん、それ以外でも隙を見て
「賢く水分を補給することが不可欠」と松本フィジカルコーチは語る
自己管理の近道は身近なことの徹底から
――遠征先でのエアコンの使用は推奨しますか。
松本 暑くて眠れないという事態だけは避けなければなりません。ですから、選手が暑くて眠れない場合は、冷房の温度を高めに設定して、「確実に眠ることを優先してくれ」と言います。難しいタスクですが、国際大会に勝つための一つの鍵になります。
――みんな対応できるものですか。
松本 エアコンをつけずに眠っている選手もいれば、つけて眠っている選手もいます。選手たちも質の高い睡眠を取ることが最優先事項だと理解しています。U-22年代の選手たちを見ていると、昨年と今年とでは全く違います。それぞれが自己管理を意識し始めたからでしょう。実際にだいぶ管理できるようになりました。一流の選手ほど自分の体に気を遣っていますし、サムライブルーの中心選手はさらにストイックです。
――全ては意識次第なんですね。
松本 その通り。身近なことから徹底することが自己管理の近道です。例えば、移動のときに飲み物を常備するとか、日々の食事の量は足りているかなど、基本的なことが大事です。こうした小さい積み重ねが試合で大きな差となって表れることを、トップレベルの選手ほど理解しているように思います。
――良い選手は自分の状態に敏感だ、と。
松本 一流選手ほどそうですね。でも、選手ならば誰もが、何が大事か分かっていると思う。次の試合に出場するには、まずは練習で良いパフォーマンスを発揮し、ポジションを勝ち取る必要があります。そのためには、練習が始まるまでに何を準備して、練習が終わったらどれだけリカバーすればいいかと考えるようになります。
でも、それはいくらプロでも、試合に出ていないと分かりません。その選手たちが自分のチームでポジションを勝ち取り、試合に出るようになって初めて「次の試合でも活躍したい。そのためには何をすべきか」とマインドに変化が生まれます。もちろん、暑熱対策もそのうちの一つです。
海外でもまれ、サバイブしてきた経験を持つ岡崎慎司(左)と本田圭佑。
自己管理することが習慣となっており、移動時は水を常備している
――暑さとうまく付き合いながらサッカーを楽しむヒントはありますか。
松本 冒頭でも触れましたが、選手ならば練習前に水分を補給することと、指導者の場合は練習メニューを組み立てる際に選手たちが水分を取る時間をつくること。「たかが水」と侮ることなく、こまめに水分補給のタイミングを入れると、きちんとした対策になります。
あまり難しく考える必要はありません。季節の変わり目で気温が上がり始めると、指導者には、最初のトレーニングでは強度が高すぎず、かつ選手たちがしっかりと発汗できる練習を考えてもらいたい。きちんと汗をかいていると判断したら、徐々に強度を上げていただければと思います。
毎年、夏季に差し掛かると、森保一監督に「今日の練習は長めで構わないので、強度を落として汗をかくようなメニューをつくってほしい」と言ってきました。監督とコーチがうまくコミュニケーションを取ることによって、暑熱順化もスムーズに進むはずです。
※本記事は、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年6月号より転載しています。
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