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選手も家族も笑顔にする力がある【後編】(JFAnews2019年12月情報号より転載)
2019年12月26日
日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年12月情報号(No.428)では、特別企画としてグラスルーツサッカー対談が紹介されました。
■JFAnews2019年12月情報号(No.428)より転載 ■情報提供:サカイク
日本サッカー協会(JFA)技術部の松田薫二グラスルーツ推進グループ長が、障がい者サッカークラブ「A-pfeile(アフィーレ)広島」の創設者で、広島県インクルーシブフットボール連盟の会長を務める坂光徹彦さんに、障がい者サッカーに懸ける思いを聞いた。(取材・文・写真:鈴木智之)
誰でもサッカーができる環境を
松田:現在、アンプティ(切断障がい)、ブラインド(視覚障がい)、電動車椅子のチームをお持ちですが、将来的には、CP(脳性麻痺)、ソーシャルフットボール(精神障がい)、知的障がい、デフ(聴覚障がい)のチームも作りたいとお考えなのですね。
坂光:そうなんです。今は三つのカテゴリーですが、どこに話をしに行くときも他種目のチームも作りたいと言っています。
松田:障がい者サッカーの総合型クラブですね。障がい者サッカーの全種目を網羅するクラブは、世界中を探してもないと思います。そんな発想を持つ人に会ったことがありません。本当にすごいと思います。坂光さんは広島県に「一般社団法人広島県インクルーシブフットボール連盟(HIFF)」を設立されましたよね。
坂光:アフィーレができるまでは、広島にあった障がい者サッカーチームは電動車椅子サッカーと知的障がい者サッカーだけでした。サッカーをやりたい人がいても、どこに相談すればいいかがわからない。そうしているうちに機会を逃してしまいます。連盟があれば連絡しやすいですし、どんな人でも受け入れて、サッカーができる環境をつくりたいという思いからスタートしました。
松田:障がい者サッカークラブを運営していく上での苦労は、どのようなものがありますか。
坂光:一番はプレーヤーの少なさですね。学生さんも含めて、アフィーレに関わりたいと言ってくれるスタッフは増えていて、認知はされてきているとは思うのですが…。
年齢や障がいの有無は関係ない
松田:選手の皆さんは、どういうプロセスを経て、障がいを負った中でサッカーをやり始めるのでしょうか。
坂光:人それぞれですが、ある選手は交通事故にあって片脚が不自由になり、回復後に就職をしたのですが、障がい者という扱いをされたこと、健常者から障がい者になる自分を受け入れられず、うつ病になってしまいました。外出するのは病院に行くときだけという生活が続いてところ、アフィーレができたことを知り、選手の奥さんから「うちの夫でもできますか?」と問い合わせをもらってチームに入ったという人もいます。他には、元々サッカーをしていた人が足を切断することになり、もうサッカーはできないと思っていたけど、アンプティサッカーの存在を知り、入ってきた人もいます。
松田:後天的な事故やけが、病気が原因で障がい者になると、世間の枠から外れたと思ってしまう人が多いんですね。
坂光:はい。それで、家族や周りから情報を得て障がい者サッカーの存在を知り、やってみようという人が多いですね。アフィーレの選手にアンケートを取ったら、友人や家族に誘われてクラブに入ったという人が最も多かったんです。医療者やクラブの方から声をかけて、興味を持ってもらうことができればと思っています。
松田:私は日本障がい者サッカー連盟の専務理事を兼務していますが、障がいのある方にもスポーツを身近に感じてもらえたらと思っています。スポーツを通じて仲間ができたり、楽しめたりというのは、年齢や障がいの有無は関係ありませんよね。
坂光:そう思います。かつて、アフィーレに上肢切断の人が体験に来ました。そこで、「うちで一緒にやらない?」と声をかけたら、「僕がここに登録して、選手として活動するということは、自分が障がい者だと認めることになってしまう」という理由で断られました。それを聞いたときに衝撃を受けたんです。そもそも「障がい者スポーツ」というカテゴリーにするのが良くなくて、さまざまな種類のサッカーがある、という形にしなければいけない。障がいのある人ががんばってサッカーをしているのではなく、みなさんと同じように働いて、余暇でスポーツをやっている。そうなるのが理想です。
元々ない壁をつくっているのは……
松田:障がい者だから違う、障がい者だから特別という見方がなくなると良いですよね。障がい者イコールかわいそうというステレオタイプな見方ではなく、スポーツをしている障がい者の中には、すごい努力をしている人もたくさんいます。アンプティサッカーもすごくハードですし、その競技をしているだけでも、人として尊敬できます。偏見やスティグマが取り払われないと、共生する社会にはなっていきません。だからこそスポーツのような、誰しも身近にあるものを通じて、触れ合って行くことが大切なのだと思います。
坂光:障がい者について語るときによく使う「垣根を越える」という言葉があるのですが、そもそも垣根を作ったのは、健常者、障がい者の双方ですよね。元々ない壁を作って、乗り越えよう、共生しようと言うのは、ちょっと違うと思うんです。そもそもが同じ人間なのですから。
松田:健常者、障がい者と分けることによって、壁が作られてしまっているじゃないかと思うんです。スポーツは、どんな人でも社会と繋がるための大きなきっかけになると思います。
坂光:あるアンプティサッカーの選手は、「スポーツは社会復帰のための最大のリハビリテーションである」と言っていました。家と学校や会社だけでなく、スポーツというもう一つの場所があると、生活が豊かになります。それは健常者も障がい者も同じです。スポーツがきっかけとなって三つ目の居場所ができるのであれば、アフィーレを通じて実現するのが、僕らの役割だと思っています。
松田:例えば特別支援学校では、家と学校をバスで往復する生活になりがちなので、社会と関わる機会が少なくなります。その状態のまま学校を卒業すると、社会に出ていくことが難しくなります。一方、健常者も障がい者と接する機会が少ないのでどうしていいか分からない。結局、障がい者への偏見はいつまでたっても消えないのだと思います。
坂光:そうですね。
社会に居場所をつくる媒介になる
松田:社会の中に居場所を作ることが大切で、スポーツや遊びはそのための媒介になるのではないかと思います。互いを理解するために、一緒に遊んだり、スポーツをすることはとても有効です。アフィーレさんは、今後どのような展開をイメージされていますか?
坂光:広島にはデフ(ろう者)とCPのクラブがないので、この2種目に関してはつくりたいと思っています。そして今後は7つに限らず、さまざまな種類の障がい者サッカーを楽しめるクラブにしていきたいと思っています。
松田:アフィーレさんから、第4、第5のチームができるのを期待しています。ありがとうございました。