ニュース
【JFAの知っトク!】素晴らしいスポーツに長く関われている幸せに感謝し、これからも日本サッカーの発展に尽力していきたい~井原正巳氏 殿堂入り記念インタビュー
2026年03月30日

長く選手、指導者として活躍し、日本サッカーの発展に貢献してきた井原正巳氏が、2025年度 第21回日本サッカー殿堂で掲額者に選出されました。
2026年3月19日に行われたレリーフ盾贈呈式の後、お話を伺いました。
日本サッカーが大きく変わっていく流れに一緒に乗せてもらった
――日本サッカー殿堂入りが決まった際の率直なご感想をお聞かせください。
井原 まずは驚きました。と同時に、本当に光栄に思います。周囲からも温かいお祝いの言葉をたくさんいただきました。あらためて、指導者をはじめこれまで支えてくださった全ての皆さまに感謝申し上げます。
――井原さんは1990年に日産自動車サッカー部(現、横浜F・マリノス)に入部されました。その後、Jリーグ開幕によって爆発的なサッカーブームが起こりました。その隆盛を選手としてどのように感じていらっしゃいましたか。
井原 大学時代は体育の教師になろうと考えていました。しかし、2年時に日本代表に選出されたことでFIFAワールドカップが目標となり、実業団チームに入りたいと思うようになりました。とはいえ、当時はまだまだ日本と世界には大きな差がありました。そういう中でJリーグが開幕し、日本代表も強くなっていきました。日本サッカーが大きく変わっていく流れに一緒に乗らせてもらった感覚がありましたし、そういう良い時代を経験させてもらったことは自分のサッカー人生に間違いなくプラスになっています。

1993年5月15日、Jリーグ開幕戦に横浜マリノス(当時)の一員として出場し、チームの勝利に貢献した
――プロになることで、ピッチ内外でさまざまな変化があったのではないですか。
井原 プロ化とともに代表チームも強くなり、周囲の評価や見る目も急激に変わりました。待遇も良くなりましたが、選手は具体的にプロとはどういうものか分からない状態でもありました。ただ、幸いなことに当時は海外からスター選手が多く来日しましたから、彼らからプロ意識、特に相手に勝つ厳しさやそのためのトレーニング、自己管理といったものを学ばせてもらいました。本当に日々、プロとは何なのかを学んでいました。
フランス大会は勝つための準備が不足していた
――日本サッカーにとって大きな二つの出来事、「ドーハの悲劇」と「ジョホールバルの歓喜」を経験されました。
井原 代表チームはプロの集団でなくてはならない、強くなくてはならない、価値を上げなくてはならないという意識でやってきた中でドーハを経験しました。ワールドカップに出場できるか否か紙一重の戦いで、あの悔しさと反省があったからこそ、指導者養成や育成など日本サッカーの底上げが進んだと思います。ドーハの教訓は絶対に忘れてはならないんです。次のフランス大会に向けた戦いは、「行けるだろう」「行ってもらわなければ困る」という思いで皆さんが応援されていたように思います。ですから、出場が決まったときにはうれしさもありましたが、それ以上に安堵の気持ちでいっぱいでした。
――FIFAワールドカップフランス’98のピッチに立ったときの思いを教えてください。
井原 ファン・サポーターの皆さんがまるでホームのような雰囲気をつくってくれ、最高の状態でピッチに立ったのを覚えています。日本にとって初めてのワールドカップでしたが、皆さんの応援のおかげで緊張することなく、むしろパワーを感じて戦えました。ですが、やはり何もかもが初めてですから、大会に臨む姿勢や準備に未熟さが出てしまったと思います。どこにピークを持っていけばいいか、事前の強化試合やキャンプは十分だったのか。日本にとってフランス大会は出場するための大会で、勝つための準備が不足していたと、今となっては反省点が多々あります。

日本のFIFAワールドカップ初出場となった1998年のフランス大会にキャプテンとして臨み、全3試合に先発フル出場した
――フランス大会以降、日本はワールドカップの常連となりました。日本サッカーの成長を選手、指導者として見てこられてどのように感じていらっしゃいますか。
井原 すごい速度で成長していると思います。今の代表選手の多くは日常から世界のトップレベルで戦っていて、彼らはワールドカップ優勝を目標にしています。この30年でそこまでに成長しました。一方で、世界も成長していて、日本はまだワールドカップでベスト16の壁を破れていないという現実があります。今回のワールドカップではぜひ、ファン・サポーターの皆さんも選手やスタッフと同じ思いでチームを後押ししてほしいと思います。
正解がないから面白い。それに尽きる
――長く日本サッカーの第一線で活躍してこられて印象に残っていることを教えてください。
井原 やはり98年のワールドカップ初出場ですね。ワールドカップ出場が日本サッカーの最大の目標だった時代から選手として関わらせてもらい、自分たちの手でその道を切り開くことができた。日本はそこから8大会連続で世界への挑戦を続けています。前回のカタール大会では過去に優勝経験のあるドイツとスペインを破り、今回は優勝を狙うと公言できるくらい力をつけてきました。そういう流れの中で選手、指導者として関われていることを本当にうれしく思います。

選手引退後は指導者に転身し、Jクラブの監督やヘッドコーチを務めている。
北京オリンピックではU-23日本代表のコーチを務めた
――あらためて感じるサッカーの魅力とはなんでしょうか。
井原 正解がないから面白い。それに尽きると思います。サッカーを通じて多くのことを学ぶことができますし、ボール一つで世界を感動や熱狂させることができる。ワールドワイドなスポーツですし、こんなに面白いスポーツはほかにないと感じます。
――サッカーに魅了されているということですね。
井原 本当に自分の人生そのものだと思っています。サッカーに出合えたから今がありますし、最高の人生を送れています。私はもうすぐ還暦を迎えますが、サッカーへの情熱は衰えていません。こんなに素晴らしいスポーツに長く関われている幸せに感謝しつつ、これからも日本サッカーの発展に貢献できるように尽力していきたいと思っています。

2025年度 第21回日本サッカー殿堂のレリーフ盾贈呈式で森保一SAMURAI BLUE(日本代表)監督と
知っトク!~知って得する~
「知っトク!~知って得する~」とは:
JFAの事業やイベントなど、JFA.jpがお届けする知って得する情報です。


