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[女子チームのつくりかた]広尾中学校の女子サッカー部の立ち上げに携わった大西岳之さんに話を聞きました。
2010年05月25日
チームを立ち上げようと思ったきっかけは?
広尾中学校女子サッカー部の設立は、現在高校2年生になる一人の女子選手の努力がきっかけです。この地域には地域融合型の「渋谷東部JFC」という男子サッカーチームがあり、私はそのチームでも活動しているのですが、その女子選手は小学校時代に渋谷東部JFCでサッカー活動をしていました。入部当時は本人も「私は女の子だから・・・」という気持ちがあって控えめに参加していたのですが、小学5年生のとき、ある大会に出場する際、男子選手とのレギュラー争いでポジションを失ったのを境に、「大好きなサッカーは女子でも男子に負けたくない!」と、それ以降は男子選手誰もが認めるほどの努力と根性でサッカーに向き合っていきました。
小学校卒業後は広尾中学校に入学し、男子サッカー部に所属して3年間がんばりました。しかし、卒業するときに「楽しかった中学3年間だったけど、もし女子サッカー部があったらもっと楽しい3年間になっていたかもしれない」と言ったんです。それを聞いて、なんとか女子サッカー部をつくれないだろうかという流れになりました。
立ち上げに至るまでの流れを教えてください。
2004年に「渋谷東部JFC:女子部」が渋谷区初の女子サッカーチームとして設立されました。2006年には、渋谷区サッカー協会主導のもと、渋谷区周辺地域の女子サッカー選手を中心とした育成環境として現在の「渋谷アルテスタFC」が生まれます。その2年後、周辺地域の中学生選手たちを対象にした「渋谷アルテスタジュニアユース」の活動がスタート。そして2009年、「広尾中学校サッカー部」顧問の伊藤敬志先生と渋谷区サッカー協会、渋谷アルテスタFCが合同で広尾中学校に女子サッカー部を仮設立して、部員の募集を開始しました。このとき、女子サッカー部専門コーチとして芹沢淳コーチを派遣しました。
学校内の調整は伊藤先生がすべて行ってくれたのですが、私も書類を作成し、どういった趣旨で行う活動なのか、どのようなメリットが地域・学校にあるのかといったことを、中学校はもちろん、区の関係者、地域の方々にまで、何度も説明をしに行きました。実は私は広尾中学校の卒業生なんです。この地域で育ってきたという背景はプラスに働いたと思います。また、広尾中学校男子サッカー部が人数減少により廃部の危機に陥った際に指導者を派遣するなど、すでに協力関係にあったので、働きかけやすかったこともありますね。
いろんな方々の理解と協力を得て、2010年4月1日付けで正式に「渋谷区広尾中学校女子サッカー部」として学校の承認を受け、部活動を行えるようになりました。同時に元なでしこジャパンの川上直子さんへ地域の女子サッカーの普及事業への協力を依頼し、女子サッカー部の監督に就任していただき、また、渋谷アルテスタFCとも連携を取り、小林晃コーチを始めとするスタッフ数名が活動に参加しています。
これまでに生じた最大の壁はどんなことでしたか?
設立当初は、活動場所や参加人数の確保がとても大きな問題でした。現在、選手は区の方でも募集してもらっていますし、渋谷アルテスタFCの活動があるので、そこから広尾中学校を目指す子供たちも増えていっているように感じます。
独自のアイデアというものはありますか?
最大の特長は何と言っても、元なでしこジャパンの川上直子さんが監督とであるということです。川上さんには渋谷区サッカー協会が取り組んでいる女子サッカーの普及事業(U-12・15、O-30、一般といったカテゴリーで区民大会やオープン大会などを開催し、女子選手に活動の場を提供している)に賛同していただき、いろいろな活動に協力してもらっていました。女子サッカー部設立後は、忙しい中でも定期的に中学校で直接指導を行ってくれています。選手たちは、川上さんから世界の舞台で活躍した経験を直接学び、そしていっしょにサッカーを楽しんでいます。
もう一つは渋谷区サッカー協会から絶大な応援を得ていることです。現在、渋谷区ではサッカー部の合同活動が認められており、学校の許可を得られれば、所属学校の部活動として広尾中学校女子サッカー部の活動に参加することができます。ということは、区内の公立中学校に通っていれば、サッカーに関心のあるすべての生徒に広尾中学校女子サッカー部の門戸が開かれているわけです。広尾中学校サッカー部顧問の伊藤先生は女子サッカーの普及に協力的で、常に協会と学校との連携を図ってくれます。また、専門コーチとして、川上さんの他に外部からD級ライセンスを所有する芹沢淳コーチが、さらに地元のクラブチームである渋谷アルテスタFCからは国士舘大学の卒業生でC級ライセンスを持つ小林晃コーチが派遣され、充実したスタッフで活動を行うことができています。
チームが始動してから生じた課題とそれに対する取り組みを教えてください。
サッカーには興味を持つのですが、最終的には、選手そして保護者を含めて「サッカーは男子のスポーツ」という固定観念を払拭することが大きな課題でした。これは、川上さんが活動に加わり、実体験から来る言葉や行動などから、女子選手にも「プロサッカー選手」という男子選手なら当たり前に語れる夢を、より身近に感じてもらえることができました。
これからチームが目指すビジョンとは?
この広尾中学校を中心に渋谷区やその周辺地域の女子サッカーの普及につながるような活動が第一のビジョンです。サッカーに関心のある女子選手たちが、サッカーボールに触れる機会を提供することがこのチームでできればと思っています。また、現在では渋谷アルテスタFCの小林コーチが、選手たちが卒業した後もサッカーを続けていけるようにさまざまなセクションと調整を行ってくれています。広尾中学校女子サッカー部はまさに地域と学校が一体となって活動できる環境にあり、これからも選手たちに良い環境を提供していきたいと思っています。
「渋谷アルテスタFC」の小林晃コーチにも話を聞きました。
中学校卒業後も、選手たちがサッカーを続けていける環境づくりとは?
大学と協力しながらクラブ化できればと思っています。大学のレギュラー組というか、いわゆるAチームはもちろん大学サッカー界で活動しますが、その下にBチームを持つことができれば広尾中学校や渋谷アルテスタFCから巣立っていった選手たちとともに都リーグにするようなことが可能だと思うのです。このシステムがしっかりしたものをなれば、少なくとも高校・大学の7年間は活動の場が確保されることになります。今年の秋頃から実験的に中学3年生をトレーニングに参加させてみようかと。プレーにおいては、男子ほど年齢差を感じることがないですから。
女子のクラブチームは少なく、強い強豪高校には行くことができない・・・。こんな勉強がしたいけどそれを勉強できる高校にはサッカー部がない・・・。そういった選手たちにもサッカーを続けるチャンスを与えられたらと思っています。
チームトレーニングレポート
広尾中学校女子サッカー部は今年4月にスタートしたばかりのチームです。3年生が2人、2年生が6人、1年生が2人。今は全員が揃っても10人と、1チームを構成するには人数が足りません。試合のときなどは助っ人を頼んで出場するといいます。広尾中学校女子サッカー部は地元のクラブチームである渋谷アルテスタFCから始まったチームですが、渋谷区が公認している合同活動が広がれば、さらに仲間は増えていくはず。他の地域からこれから新しく2名が参加することになっているそうです。
部活動は月、水、木曜日の16~18時の2時間です。この日は中学校のグラウンドを野球部と半分に分けて使用していました。10分程度のパス回しを経て、次に行ったのは鬼ごっこ。しかし、5対5と、やりかたは少し変わっています。DFとOFに分かれ、OFはそれぞれボールを持ちます。20m×10mのエリア内にコーンで仕切ってゴールを作ります。スタートは自陣のエンドライン。どんな作戦を練ろうと自由です。5人のDFにタッチされずにゴールへ走り込んだら得点になるというもの。エリアが狭いだけに、コンビネーションが必要となります。攻撃時間は約1分半~2分程度。横一列になって一斉に飛び込んでみたり、2、3人でおとりを使いながらかわしていったり、駆け引きを繰り返していました。
ある程度動きの感覚を掴んだら、今度はボールを使って1対1、2対1、2対2、3対3、4対4と関わる人数を増やしながら、ゴールを3つにしてみたり、随所に飽きさせない工夫を散りばめられているトレーニングが続きます。そして最後はミニゲーム。2時間のトレーニングはあっという間に時間が過ぎていきました。芹沢コーチは言います。「大切なのはモチベーションです。あまり競技性ばかりに目をやっていては気持ちが離れて行ってしまう選手もいます。日々のトレーニングを楽しく、興味を持たせるようにすることは心掛けていますね。トレーニングはできるだけ、内容を変えて。ルールを少し変えたり、人数を変えたりするだけでも選手の反応は違います。ただ走れ!って言っても走らないですよね、きっと(苦笑)。だからトレーニングの中で選手も気がつかないうちに“走る”動きを組みこむんです。知らないうちに走らされてるっていうのが理想ですね」(芹沢コーチ)。
6月の区民大会を最後に引退する3年生の伊藤美羽さん、宮田萌瑠さんは残り少ないトレーニングにさらに熱が入ります。「サッカーは大人数でやるスポーツなんで、チームワークがすごく大事。人のことを考えるようになったと思います」と語るのは伊藤さん。宮田さんも「コーチは学校外の人だし、いろんな意味で人間関係が広がったと思います。ジャンピングボレーを決めて引退したいなー」とこれまでの活動を振り返ってくれました。でも少し心配なのは後輩のこと。「みんなで部員を集めて、続けていってほしい。できれば強いチームになってくれるとうれしいですね」(伊藤さん、宮田さん)。
この日、とても面白い光景を目にしました。広尾中学校女子サッカー部のトレーニングが終わり、次に夜間開放を利用して体育館で始まったのは渋谷アルテスタFCのトレーニング。広尾中学校の部活動を終えた選手も数名参加していました。このチームの特長は「選べる」ということ。部活動として広尾中学校でサッカーを行うもよし、少し物足りないな、もっと蹴りたいなと思ったら、クラブチームの渋谷アルテスタFCのトレーニングに参加することができるのです。渋田アルテスタFCには他の学校の選手たちも集まってきますから、また違ったチームの雰囲気を味わうこともできるようです。この日のトレーニングは体育館でバスケットボールのゲームでした。バスケットはポジショニングがサッカーととても似ています。DFの間に顔を出す動き、コンビネーション、スペースを見つける視野・・・、多くの共通点があるバスケットを取り入れることで、選手たちの感覚に刺激を与えるトレーニングが約2時間行われました。状況によって、選手たちがトレーニングを選べるというのはとても貴重です。
まだまだ取り組みは始まったばかりですが、地域とのつながりも深く、地元で選手が育まれる環境は徐々に広まりつつあります。何年か後、もう一度ここを訪れたとき、選手たちはどのように成長しているのでしょうか。大きな可能性を感じる広尾中学校女子サッカー部訪問となりました。
監督の川上直子さん
「初めて指導というものを経験したのは、日テレ・ベレーザに移籍した2005年です。それまでは全くこういう道は考えてもいなかったんです。引退後、いろんなスクールで経験を積ませてもらいました。最初は男の子を指導することが多かったんですが、まず感じたのは、サッカーにはいろいろな取り組み方があるということ。私は競技としてサッカーをやっていたので勝ちたかったし、日本代表として世界とどこまで戦えるのかやってみたいという思いが強かったので、みんながそういう気持ちなんだと思っていたんです。でもそれだけがすべてじゃないということがわかった。もちろん、中には上を目指したいという子どもたちもいっぱいいます。最初は割りきれなかったのですが、今はいろんな形があっていいと思っています。サッカーが好きっていうことがいちばん大事なことですから。
広尾中学校でも同じ。その中でも、やっぱり勝ちたいですよね。勝つってうれしいじゃないですか。だから頑張れるんです。じゃあそのためにどうしたらいいか、一緒に考えながら進んでいけたらいいですよね。『川上さんは元代表選手だからそんな高い要求するけど、私たちには無理!』ってなってしまうと終わり(笑)。自分たちにもできるはずって思えるように、みんなで考えながら取り組むことが重要です。トレーニングにも試合にも100%の力で取り組めるチームづくりをしたい。
現役を離れた今の私の夢は、今度は指導者としてチームを率いて日本一になりたい!ということなんです。監督という立場は今回初めてやらせていただくのですが、チャンスだと思って選手と一緒に成長しながら、そして私の経験などを伝えながらやっていければと思っています。」