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勝負の世界に生きる人たちとの共通点 ~森保一監督手記「一心一意、一心一向 - MORIYASU Hajime MEMO -」vol.09~
2020年07月30日
サッカーができることの喜びと幸せ
新型コロナウイルス感染症が再び全国に拡大しているため、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、Jリーグが再開して、サッカー界にも本当に少しずつですが、日常が戻りつつあります。
約4カ月ぶりに再開したJリーグの視察に行き、選手たちがプレーする姿を見て感じたのは、公式戦を戦えることの“喜び”にあふれていて、サッカーができる“幸せ”を噛みしめながらプレーしているということでした。
一方で、経済活動をはじめ、多くのことがこれまで通りにはいかない事態が続いています。他のスポーツに目を向けても同様で、さらには文化、芸術、芸能と……エンターテイメントにおいては、本当に多くのことが元通りにはいかない状況です。
そうしたなか、選手たちはサッカーができることに感謝の心を持ちながら試合をしています。試合前には医療従事者の方々に両チームの選手たちが感謝の気持ちを表していました。そこには日々、我々の命を守るべく、戦ってくれている医療従事者の方々はもちろんのこと、サッカーができる環境を作ってくれた多くの人々への思いが示されていました。
また公式戦が再開するに当たって、新たなプロトコルの作成がいかに大変かつ複雑な作業だったか。実際にスタジアムに赴き、身に染みて感じました。
従来どおりの人数で試合を運営することができず、限られたスタッフで運営しなければならない。ソーシャルディスタンスの確保をはじめ、スタジアム入場時の検温や選手たちの動線の徹底。新型コロナウイルス感染症の予防や対策として、いつくも新たなガイドラインが設けられ、スタジアムにはいつも以上にミスが許されない雰囲気が漂い、運営に当たっていた方々からは強い責任感と緊張感が伝わってきました。
そうしたスタジアムの環境を知れば知るほど、多くの人たちの尽力や努力があって公式戦が再開できたことを強く実感しました。
スタジアムはピッチでプレーする選手がいて、それを応援してくれるファン・サポーターがいて、お互いに刺激し合うことでエキサイティングな空間が作り出されています。リモートマッチの際も選手たちは一生懸命プレーしていましたが、5000人以下という制限はあるものの、サポーターが見守るなかでの試合は、選手たちの高揚感が一段と違うように感じました。練習期間が限られていた選手たちは、コンディション面で難しいところもあるでしょうが、それでもなお、もうひと踏ん張り、もうひと頑張りさせているのは、まさにファン・サポーターの力だと思っています。
今は拍手だけでの応援ですが、ゴールした後は大きな拍手で会場が包まれますし、いい守備をしたときにも拍手が沸く。サッカーの質を見て、本当にいいプレーには素直に拍手を送ってくれているように映っています。従来どおりの応援も気持ちを昂ぶらせてくれるものでしたが、拍手による応援も、ヨーロッパをはじめとするサッカー大国に肩を並べるようになるためには、素晴らしい応援方法なのではないかと思わされました。
活動自粛期間中に改めて振り返った戦い方
Jリーグが中断し、再開されるまで約4カ月。その間、日本代表の活動も休止していたため、僕自身も今までできなかったことに時間を費やすことができました。
そのなかの一つとして、これまでに何度も見返してきていましたが、改めて過去に自分が指揮したSAMURAI BLUEやU-23日本代表の試合を振り返りました。
改めて今後の日本代表の戦い方を示すものとして、特に挙げたいのは次の3試合になります。1つ目はAFCアジアカップ2019準決勝のイラン戦。この試合は3−0という結果もさることながら、個の局面、球際のバトル、いわゆるデュエルにおいて相手を大きく上回り、粘り強い守備ができていました。加えて攻撃も、組織で連係かつ連動していました。まさにいい守備からいい攻撃につなげられ、戦い方の一つとして日本代表が目指すべき特徴が出せていた試合でした。
次は2018年10月16日のキリンチャレンジカップ2018の対ウルグアイ戦です。4−3というスコアにも表れていますが、攻守ともにアグレッシブで、チャレンジ精神にあふれている試合でした。選手たちは積極的にボールを奪いに行く守備に加え、個でも組織でも相手ゴールに向かっていく姿勢を見せてくれました。かつシュートチャンスは逃さない。ゴールを決め切るという意欲にも満ちあふれていました。フレンドリーマッチではあったとはいえ、試合を終えた選手たちの表情や会話からも充実感は見て取れました。先ほど挙げたイラン戦と同じく、デュエルでも相手と互角以上に戦い、それぞれが個の局面で責任を果たすとともに、日本人のよさである組織による連係、連動が随所に出ていました。
そして3つ目はAFCアジアカップ2019ラウンド16のサウジアラビア戦です。これは上記2試合とは大きく戦い方が異なり、ボール支配率だけでいえば、相手が72%で日本は28%。それでも結果は1−0で我々が勝利しています。
先に挙げた2試合が、理想とする戦い方とするならば、サウジアラビア戦は想定外というか、理想ではない試合展開になります。それでも結果として相手を上回って勝利をつかみとる。相手に押し込まれながらも、選手たちはタフに戦い、最後のところで身体を張ってゴールを割らせず、勝利へのメンタリティーを発揮してくれました。理想としていたゲーム展開ではなかったものの、それでも相手がやろうとすることを賢く読み取り、対応していく。
僕自身、よく対応力や修正力といった言葉を用いますが、試合の流れに応じて判断していくこと、想定外の事象が起こったときに適切な判断ができるかどうかが試合に勝利するうえでは重要になってきます。自分たちが試みようとしていたことと異なる展開であったとしても、その都度、修正し、対応して、最善の策を見つけていく。あのサウジアラビア戦は選手たちがそれを見せてくれました。
それだけに、個人的には好きな試合の一つです。ある意味、サウジアラビア戦はベストゲームに近いかもしれません。攻守ともに主導権を握り、常に優位に立って勝利する試合も好ましいですが、理想どおりに進まないなかでも泥臭く、粘り強く、我慢強く勝利を掴みとる。アジアで確実に勝ち、世界に追い付き追い越そうとするなかでは、いろいろな勝ち方ができることがチームとしての幅であり、奥行きになります。そうした意味でもこのサウジアラビア戦のような戦い方ができれば、どのような試合にも勝つことができると思います。
巧い選手ではなく、強い選手に
活動自粛期間中は、自分自身も家で過ごす時間が長く、そのなかでは多くの本に出会いました。
印象的なものとしては、岡田武史さんの『岡田メソッド――自立する選手、自律する組織をつくる16歳までのサッカー指導体系』があります。本の内容にも関わってくることなので、多くを語ることは控えますが、日本代表監督として世界と戦った経験のある岡田さんが、日本人の特徴を活かしつつ、世界で勝つためには何が必要で、何が足りないかを示してくれています。僕自身、日本代表の監督ではありますが、一人の日本人指導者として、共感する部分も非常に多く、特に選手が自立し、主体的にプレーできる環境づくりや働きかけは続けていきたいと、改めて思わされました。
同じ勝負の世界に生きる人という意味では、棋士である羽生善治さんの著書『決断力』や雀士である桜井章一さんの著書『負けない技術』を拝読し、感銘を受けました。
羽生さん、桜井さんからは勝負の流れを読み取る力であり、その流れを感じ取りながら、やはり最善の決断と選択をしていく強さがあるなと。また、ともに追い込まれたなかでも、自分を見失わず、律し続けられる精神的な逞しさ、向上心、探究心、変化を受け入れることのできる柔軟性……共感できる部分も多く、自分自身の信念を見つめ直す契機になりました。
また、原辰徳監督の著書『原点―勝ち続ける組織作り』では、巧い選手はいらない。強い選手が必要という言葉が印象に残っています。
これはまさに、僕自身もU-23日本代表の選手たちに話していることでもありました。このレベルにおいては技術的に巧いことは当たり前になってきます。そのなかで、何が差を分けるのか。強い選手こそが、厳しい戦いを勝ち抜いていくことができるし、生き残っていくことができる。だからこそ、U-23日本代表の選手たちには、チームで存在感のある選手になってほしいと伝えています。
FWならば点を取る、GKならば好セーブをする。もしくはチームメイトから絶大な信頼を寄せられる。それぞれ基準は異なるかもしれませんが、チーム内で存在感を発揮し、かつ勝たせられる選手であってほしい。
本来ならば今ごろは、東京オリンピックが開幕し、大会を戦っている真っ直中にいるはずでした。東京オリンピックは1年後に延期されたことで、選手たちはU-24日本代表として参加することになります。対戦相手も同じ期間だけ経験を積めることになりますが、日本の選手たちには、この1年間で大きなレベルアップを期待しています。24歳となれば、若手ではなくなります。所属クラブにおいても、今までは若手ということで大目に見られていた部分が、さらに許されなくなっていくことでしょう。
東京オリンピックはもちろん、全力でメダルを獲りに行かなければならない大会。でも、選手たちのキャリアは、その後の所属チームでのプレーやFIFAワールドカップへと続いていきます。それだけに、この東京オリンピックを通過点として、さらに飛躍する、成長するくらいの姿勢で、この1年を過ごしてもらえればと考えています。
U-24日本代表の選手ではなく、SAMURAI BLUEとして東京オリンピックに出場するくらいの存在感を、それぞれが発揮してもらえればと思っています。
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