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ある審判員の覚悟と決意 ~いつも心にリスペクト Vol.110~

2022年07月26日

ある審判員の覚悟と決意 ~いつも心にリスペクト Vol.110~

サッカーという競技にはさまざまな驚きがあります。しかし女性の審判員である山下良美主審(36)がFIFAワールドカップカタール2022(11月21日~12月18日)の審判員に選ばれたというニュース(5月19日)は、おそらく「10年に一度」クラスの驚きでした。

欧州では、UEFAチャンピオンズリーグやワールドカップ予選で堂々たるレフェリングを見せたフランスのステファニー・フラッパルト主審(彼女も今回のワールドカップに選ばれました)を筆頭にトップクラスの男性の試合で多くの女性審判員が活躍しています。

昨年2月にカタールで開催されたFIFAクラブワールドカップでは、エディナ・アウベス・バチスタ(ブラジル)主審と共に、ネウザ・バッキ(ブラジル)、マリアナ・デアルメイダ(アルゼンチン)の南米トリオが5位決定戦を担当して、女性審判員にも国際サッカー連盟(FIFA)主催の男性のトップクラスの大会を担当する十分な能力があることを実証し、今回のワールドカップの審判団に女性が入る可能性があることは予想されたことでした。それでも山下主審の選出は大きな驚きでした。

山下主審は大学生のときに先輩に誘われて審判員の道に入り、2012年に「女子1級」、15年に国際審判員となりました。「女子1級」は日本独自の制度で、女子のトップクラスの主審を担当できる能力の認定です。そこからさらに高いレベルのフィジカルテストを突破し、19年には「1級」に認定されました。

日本で初めて女性で1級になったのは04年の大岩真由美さん、続いて09年の山岸佐知子さん、11年の梶山芙紗子さんがいます。男子全国リーグ(アマチュア)のJFLなどで活動しました。山下主審は4人目でした。

山下主審は、FIFA U-17女子ワールドカップ(18年)、FIFA女子ワールドカップ(19年)、東京オリンピック(21年)など、女性の世界的な大会で活躍しています。その一方で、19年にはアジアのクラブ大会の一つである「AFCカップ」で主審を務め、21年にはJリーグ(J3)、22年に「AFCチャンピオンズリーグ(ACL)」と、男性のプロトップレベルでの経験を積んできました。中でも今年4月に行われたACLのメルボルン・シティ(オーストラリア)対全南ドラゴンズ(韓国)という重要な試合での審判ぶりは高く評価されました。

その一方で、日本国内では、これまで担当した最高レベルの男性の試合がJ3であることも事実です。今後J2やJ1、そして天皇杯など、より高いレベルの試合でどんなレフェリングを見せるのか、みんなが注目しています。

何より大変なのは、今回のワールドカップに指名された日本人審判員が山下主審ただひとりだということです。これは大きなプレッシャーになるはずです。

しかしFIFAによる発表の翌日、5月20日に行われたオンラインの緊急会見で山下主審の言葉を聞き、私は心から安心しました。選ばれたことの喜びを素直に語りながらも、すべての状況を理解し、大きな責任を負ったことに対する覚悟と強い決意が感じられたからです。

「最初は本当に驚きましたが、そこから幸せな気持ちとか、感謝の気持ちなどがどんどん湧き上がってきました」

「日本でも世界でも、さまざまな女性審判員が信頼を積み重ねてきたことがあるから、この機会が与えられたと思います。その信頼を壊してはいけないという責任は、本当に重く感じています」

「私ができることは自分自身のベストを尽くすこと。ベストを尽くすことが私の責任だと思います」

自分を審判の世界に引き込み、一から指導してくれた先輩をはじめとした多くの人々に対する感謝、そして日本と世界の審判仲間に対する思い――。それはまさに「リスペクト」の精神に裏打ちされた言葉でした。

山下主審は他に仕事を持っています。しかし審判に対する姿勢と努力、そして審判員としての意識と能力は、完全な「プロフェッショナル」のものなのです。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2022年6月号より転載しています。

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