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[特集]サッカーへのリスペクト 思いやりのあるサッカー界の実現へ 山岸佐知子 JFAリスペクト・フェアプレー委員長 インタビュー
2020年09月04日
日本サッカー協会は9月5日(土)から14日(月)まで「JFA リスペクト フェアプレー デイズ2020」を設置し、5日(土)にオンラインでリスペクトシンポジウムを開催します。(詳しくはこちら)
今回はこの期間に先駆け行ったJFAnews7月号山岸佐知子JFAリスペクト・フェアプレー委員長インタビューをお届けします。
6月下旬から7月上旬のJリーグ再開を皮切りに、国内サッカー界が再び動き出した。サッカー活動の中断期間に感じたことやリスペクト精神の意義を、日本サッカー協会(JFA)リスペクト・フェアプレー委員会の山岸佐知子委員長に聞いた。
オンライン取材日:2020年6月15日
※本記事はJFAnews2020年7月に掲載されたものです
考え、行動に移してもらう前向きな働きかけが重要
――日常にサッカーが戻ってきつつあります。どのように感じていますか。
山岸 素直にうれしいです。今までは、週末にサッカーが行われ、テレビや新聞で日本代表やJリーグの試合がニュースで流れるのが日常でしたが、この数カ月間、サッカーが生活からなくなりました。あって当たり前と感じていたものが自分たちにとってどれほど大切だったかを噛みしめる機会になりました。
サッカーに携わる人たちの多くが普段は家の外に出て活動します。体を動かすことが大好きな人たちも、この数カ月は家で過ごす時間が多くなり、不慣れな日々を過ごしていたかと思います。少しずつ日常を取り戻すことができるのは本当にありがたいことです。
――新シーズンが始まって間もなくサッカーの活動が休止になりました。
山岸 正直、少しの間、我慢すれば活動休止も自粛期間も終わるのではないかと思っていました。事態が長引くにつれて、自分には何ができるかを深く考えるようになりました。
サッカー界の人間である前に社会の一員ですから、新型コロナウイルスに感染しない、感染させないことを意識しました。医療従事者の方々が苦労していることもありますので、まずは感染を拡大させないこと、自分の立場を認識しなければならないと考えました。
次に、リスペクト・フェアプレー委員会のことです。空白期間が生まれたことで、委員長として自分がやるべきことを考える時間に充てることができました。
――例えば、どんなことですか。
山岸 松崎康弘前委員長のお力をお借りし、リスペクトとフェアプレーの理解を深めること、委員会の活動を把握することに努めました。将来、日本代表が国際大会の舞台で躍進するためには、今の子どもたちが安心してサッカーに打ち込める環境をつくらなければなりません。
JFAは2015年9月にウェルフェアオフィサー制度を設置し、チームの活動や試合で選手たちが安心して安全にプレーできるような環境づくりに尽力しています。
選手たちがミスをしたときや試合に負けたとき、罰を与えることでそのミスを正そうとするのは簡単ですが、短絡的です。それよりも、選手たちは何を望んでいるのかを考え、その一方で、選手自身に自分たちはどうすべきだったのかを考えさせ、それを行動に移してもらう。そういった前向きな働きかけが重要だと思いました。
――自粛期間に、サッカー選手、フットサル選手、ビーチサッカー選手らが自主的に「外出を控えよう」というメッセージを発信していたことについてどのように感じましたか。
山岸 国内外で活躍する選手たちが「今は家にいよう」と呼びかけたことには大きな意味があったはずです。特に、外でボールを蹴りたい盛りの若い世代に対して強いメッセージになったと思います。世の中には自分の力で変えられるものと、どうあがいても変えられないものがあると思います。それを受け入れながら自分たちには何ができるのかを考え、行動する。選手たちは社会にポジティブなメッセージを発信してくれました。
常に真摯に向き合うのは意外に難しい
――サッカーにおいて、リスペクトの精神が欠かせない理由を教えてください。
山岸 サッカーはコンタクトスポーツですから、互いを認め、競技規則を守らなければ成り立ちません。また、試合を行うときはグラウンドキーパーや競技運営者、ボランティアなど、指導者や選手、審判員以外にさまざまな人が携わっています。きれいなピッチで楽しくサッカーができるのは、それを支えてくれる人たちがいるからで、そこに感謝の気持ちを抱き続けることがサッカーへのリスペクトにもつながると思います。
――山岸委員長は審判員時代、FIFA女子ワールドカップを含め、国内外のさまざまな大会で笛を吹きました。
山岸 アジアの審判員の日本代表への信頼とリスペクトはすごかったですよ。われわれ日本の審判員は日本代表の試合を担当することはできませんが、アジア諸国の審判仲間は日本代表の試合でレフェリーを務めることを名誉に思っているようでした。「日本の選手たちは一生懸命プレーし、最後までフェアに戦ってくれる。その姿勢は、同じピッチに立っている者としてすがすがしく感じる」と言ってくれた審判員もいます。
国際審判員として活躍した山岸委員長。「負けたチームの選手がすがすがしい表情だったとき、
審判員として自分の仕事ができたという充実感があった」と話す
――一生懸命であることも、評価してくれていたんですね。
山岸 勝っていると慢心が生まれますし、大差をつけられていると、諦めそうになる。勝敗を問わずサッカーと真摯に向き合うことって、意外に難しいことです。日本の選手の場合、最後まで手を抜かずにプレーすることが習慣化されているように思います。
試合後の掃除など、日本では普通の行動が海外で褒められることがありますが、これも素晴らしいと思います。私がメキシコにいたとき、遠征中だった日本のチームと遭遇しました。外国人の審判仲間が日本チームの練習試合を担当した翌日、私のところに来るや、興奮した様子で日本のチームの振る舞いについて語り始めました。「彼らは自分たちのものだけではなく、他人のゴミも片づけていた。試合後はわざわざ審判員の控え室にきて、ねぎらいの言葉をかけてくれた」という話を聞いているうちに、自分も日本人であることが誇らしくなりました。
形で表せなくても気持ちで伝えてほしい
――近年のサッカーと審判員を見ていて思うことはありますか。
山岸 映像技術などテクノロジーの進化に伴って、ある意味、さまざまな判定がさらされるようになってきました。でも、どれだけ情報技術が発達したとしても、最後に判定を下すのは人間です。全ての判定を正解に導くことは不可能ですから、プレーする側も、それを見る側も、「いろいろなことがあるけど、それも含めてサッカー」というスタンスでいてほしいと思います。
――社会でも同じことが当てはまります。
山岸 正しいことが全てまかり通るわけではなく、理不尽なこともあるという意味で、サッカーと社会の共通点は多いと思います。もちろん、審判員は正しい判定ができるように日々トレーニングをして準備していますが、それでもミスはあります。選手も指導者もサポーターもそれを理解し、受け入れることがリスペクトの一つの形ではないでしょうか。
――サッカー界の今後は「非接触」が日常になるかと思われます。選手たちにどのような形でのリスペクトを期待しますか。
山岸 「あいさつ=握手」が文化になっているサッカー界では、難しい問題ですが、ピッチ内外でその意識を少しずつ変えていく必要があるでしょうね。
例えば、ファウルした選手が倒してしまった相手に手を差し伸べることが推奨されなくなり、「申し訳ない」という意思を示しにくくなるかもしれません。しかし、形で表さなくとも、気持ちを伝えることでカバーできるのではないかと思います。手を差し伸べるという行為ができなくなっても、何らかの形で気持ちは伝えてほしいですし、伝えようとすること自体が良い行動といえます。
――最後に、リスペクト・フェアプレー委員長としてメッセージをお願いします。
山岸 リスペクト・フェアプレー委員会としては、今まで積み重ねてきたことをしっかりと浸透させることが第一だと思っています。JFAのこれまでの取り組みをさらに加速させ、実践していきます。また、私の一番の役割は、皆さんが安心してサッカーを楽しめる環境をつくることだと思っています。できれば目立たない方がいいのでしょうが、皆さんが困ったときには窓口になり、思いやりあふれるサッカー界の実現に向けて活動していきたいと思います。