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リスペクトと差別と ~いつも心にリスペクト Vol.39~
2016年07月29日
アメリカ・メジャーリーグ・ベースボールのマイアミ・マーリンズでプレーするイチロー(鈴木一朗)選手がプロ選手として世界最多の4257安打に到達したことは、日本中で話題になりました。
6月15日にサンディエゴで行われた「パドレス」との一戦で、イチロー選手は第1打席で内野安打を放って日米通算安打を4256に伸ばし、1960年代から80年代にかけてメジャーリーグで活躍したピート・ローズ選手の記録に並びました。そして9回の第5打席でライト線に2塁打を放ってその記録を破ったのです。
繰り返しますが、「アウェイ」、大西洋に面したフロリダ州のマイアミから3600キロ以上離れた太平洋岸、カリフォルニア州のサンディエゴでの一戦です。3600キロというのは、東京から飛び立てばベトナムのハノイあたりまで行ってしまう距離です。ところが「ビジター」の選手であるにもかかわらず、打った直後、パドレスは場内の大型映像装置に「イチロー4257、ピート・ローズ4256」という数字を出し、イチロー選手の偉業を称えたのです。
それだけではありません。試合は6-3でパドレスがリードしていたものの、イチローの2塁打により次の選手にホームランが出れば同点という緊張した状況となったにもかかわらず、マーリンズ・ファンだけでなくパドレスのファンも総立ちでイチロー選手に盛大な「スタンディング・オベーション」を送ったのです。
イチロー選手の記録を日本のメディアがあまりに騒ぐため、ローズ氏が「メジャーだけの記録といっしょにするな。日本のメディアはそのうち高校時代の記録まで数えるんじゃないか」と語ったというニュースが伝わっていました。それがあったからでしょうか、私は、パドレスというクラブの姿勢とサンディエゴのファンのイチロー選手に対する「リスペクト」の気持ちと、それを素直に表現する人間性に打たれました。
そしてその「リスペクト」の気持ちに対し静かに帽子をとり、胸を張って応えたイチロー選手の態度には、大きな誇りを感じました。
日本では「号外」まで出されたイチロー選手の偉業と前後するように、Jリーグでは外国籍選手を誹謗(ひぼう)する「ツイッター」の書き込みが連続し、村井満チェアマンは「絶対に許されることではありません」と強い非難のメッセージを出しました。
自分が応援するクラブのライバルチームの選手を好ましく思わないのは、ファンとして自然な気持ちかもしれません。しかしそれを人種差別的な表現で、しかも自らの正体を明かさない形で出すというのは、村井チェアマンが言うように卑劣そのものの行為だと思います。それだけでなく、子どもっぽく、無考えで、本当に愚かです。
国民的英雄であるピート・ローズが何と言おうと、国籍にも所属チームにもとらわれず目の前に立つイチローという選手を「すごいな」と思う気持ちを素直に表現できるアメリカの人びと、少なくともこの日スタジアムにいた人びととの違いに愕然とします。
人種差別とは、自分の属するグループが他のグループに脅かされているという「恐怖心」が根底にあると、私は思っています。その恐怖心、ストレスに打ち勝てない弱者が、論理的な思考を吹っ飛ばして反撃する方法として用いるのが「人種差別」なのです。卑劣な差別行為を行った人びとは、自らの弱さを恥じるべきです。
世界中の人が愛好するサッカーという競技には、国籍や地域の枠を超え、世界の人びとと交流し理解や友情を深めて差別を撲滅する力があると、私は信じています。JリーグとJFAはしっかりと取り組んでいかなければなりません。
ところでイチロー選手が所属するマーリンズのホームはマイアミ市の都心に近い「マーリンズ・パーク」。かつては「オレンジボウル」の名で知られるアメリカンフットボール・スタジアムでした。そう、1996年のオリンピックで日本がブラジルに1-0で勝った「マイアミの奇跡」の会場なのです。少し親近感がわいたでしょうか。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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