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リスペクトサッカープロジェクト~サッカー、スポーツを文化に~ テクニカルニュース対談(2009年9月発刊33号)
2009年09月15日
相手の気持ちになって考えること
小野剛(以下、小野) 日本サッカー協会(JFA)とJ リーグで展開しているリスペクトプロジェクトに関して、どういった狙いで始めたのか、今後どういう形で展開していきたいか、といった話をしていきたいと思います。 このリスペクトプロジェクトはJFA 全体、J リーグ、日本サッカー界全体で取り組もうということで始めました。7 月には記者発表も行い、ホームページ(HP)も開設して、積極的に広めようとしています。まずこのプロジェクトの立ち上げのいきさつからお聞かせください。
松﨑康弘(以下、松﨑) JFA、J リーグともにフェアプレーに関しては、元々フェアプレーキャンペーン等、すばらしい取り組みがありました。しかし、本当に全体でフェアプレーが励行されているかというとそうでもない現実があったと思います。フェアプレーが形だけになっているという印象を受けることもありました。そうではなくて本当にこの精神を実現するためには、相手の気持ちになって考えることが重要であると考えました。 リスペクト、すなわち「大切に思うこと」。このフェアプレーの原点を追求した方がいいのではないかと感じたのです。日本ばかりでなく、イングランドやUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)もリスペクトプログラムを行っています。イングランドはどちらかというとレフェリーを守ろうというところから始まっています。プロあるいは子どものサッカーの部分でも、彼らが展開しているプログラムやキャンペーンの映像などもありますが、レフェリーとの関係での問題がかなり大きかったのだと思います。あるいはネガティブな発言をする保護者の観戦位置を制限するテープであったり。しかし、それはリスペクトの概念の一部にすぎないのではないかと考えました。それよりも、もっと根源的に、選手たちが互いに、あるいは審判、ベンチ等が互いにリスペクトし合う環境ができれば、真のフェアプレーがなされるのではないか、ということで考えました。
小野 その考え方を発展させ、サッカー協会ばかりでなくJ リーグを含め、サッカー界全体でやっていこうということですね。
田嶋幸三(以下、田嶋) 今回のこのプロジェクトを開始する以前に、既にさまざまな布石がありました。例えば技術委員会で発行している「合言葉はプレーヤーズファースト」のハンドブック、ポスターやバッジ、こどもエリア等のさまざまな啓発活動、グリーンカード等です。今回の考え方の基になる、原点になるものは既に布石として取り組まれていて、それをもっと広い概念でとらえていこうということで、今回このプロジェクトを立ち上げました。 それに関して、先ほど松﨑委員長もおっしゃったように、UEFA や他の国が始めたときには選手とレフェリー、あるいはベンチ、保護者とレフェリーの関係に関する部分が中心でしたが、われわれがこのプロジェクトを立ち上げるにあたり、最初の会議で「それだけでいいのか」という話し合いを行いました。レフェリーと選手だけではなく、選手同士、選手と審判、選手と指導者、サポーター、競技規則や施設や用具、それらサッカーを取り巻くありとあらゆるいろいろな関係の中でとらえていきたいと考えたのです。いろいろな関係を互いがそれぞれリスペクトする。そういうことで、ひいては社会からサッカーが尊敬され、サッカーが文化となる。そういった大きな構想を考えました。
小野 最初は技術と審判から始まった動きでしたが、それが大きな広がりとなり、サッカー、スポーツを文化とするムーブメントとしての可能性のあるプロジェクトとなったということですね。その価値観をさらに広めていきたいというものです。 その発想の原点として、皆さんそれぞれ何か経験をお持ちではないですか。例えば私は、イングランドにいたときに、相手チームが来て試合をすると、試合は互いに全力でプレーして、試合が終わったらシャワーを浴びて、パブで相手チームも審判も含めて皆で乾杯してサッカー談議をする、そこまでがサッカー、という感覚であり、今でもさわやかな記憶として残っています。そのような皆が描いてきた記憶が組み合わさった面があるのではないかと思うのですが、何かそういったバックグラウンドがあれば話していただけますか。
田嶋 私がドイツにいたとき、小野さんが言ったようなことが、12 歳の少年の試合でもありましたね。試合が終わったら選手やかかわる大人が、「では何時にどこで」という約束をして別れ、シャワーを浴びて荷物をかついで再集合。大人はもちろん、子どもたちもコーラやジュースで乾杯、そこまでがスポーツということが強調されていましたね。日本の試合はキックオフのホイッスルから試合終了のホイッスルまで、といった認識とはまったく違うというイメージで、非常に印象深かったです。 また、ブンデスリーガのレバークーゼン等の試合で、試合前に両チームのサポーター代表同士がセンターサークルで握手するというセレモニーがありました。当時はフーリガンの問題が出てき始めたころで、互いに喧嘩しに試合に来るようなサポーターの集団がいた中で、サポーター同士のこういう機会を演出していたクラブがいくつもありました。こういうことは日本でもしていかなくてはならないと感じましたね。 サッカーに限らずテニス等、他のスポーツでも、そういうことが当たり前のように自然に行われていました。日本ではそれが当たり前ではなく、あえて設定して取り組んでやろうとしているところです。それが当たり前というスポーツの歴史や文化の差を感じた部分です。
松﨑 私がイングランドにいて審判をしていたときに、試合が終わると自然に選手が握手をしに来ました。自然にレフェリーからも選手と握手が出ていました。本当に自然でしたね。日本だとそれをあえて「シェイクハンドセレモニー」として設定しないといけないわけです。また、あるとき、試合がうまくいかなかったときがあって、私の審判もうまくいかなかったのですが、そのときに選手が来て「悪いけど今日は握手できない」と言われました。それを率直にわざわざ言いに来てくれたこと自体、本当にありがたいと思いました。終わったら一緒にシャワーを浴びて、パブで乾杯、ということは当たり前でしたね。試合が終われば「ノーサイド」という言葉がありますが、まさにそこまでを一緒に楽しむのが当たり前でしたね。
小野 先日、海外指導者研修でイングランドへ行き、子どもたちの試合もいくつか見たのですが、本当に自然に互いに握手が出る姿があり、参加者にはそれも新鮮だったようですね。サッカーのゲームは、ホイッスルからホイッスルではない。選手ばかりでなく、審判や指導者ばかりでもなく、サポーターや親も含め、スポーツをやっていた人とそれ以外、ではなく、時間軸においても空間においてももっと広くとらえ、互いをリスペクトする概念だと思いますね。 また、別の観点では、以前、城福監督(城福浩、現FC 東京監督)がU-17 日本代表監督をしていたときに、海外遠征に審判が帯同したことがありました。西村雄一さん(プロフェッショナルレフェリー)が一緒に行ったのですが、チームと寝食を共にする中で、互いに知らなかった相手の取り組みや苦労を知ることになり、非常に良かったという話がありました。また別の機会で海外の大会に役員として参加した際に、審判がフィットネステストを受け、フィジカルのトレーニング、研修ミーティング、分析と日々ハードワークし、そして自分の試合に向けては非常に神経を使ってコンディションを整える努力をしている。先日、国内の大会でも女子の審判の方々が本当にハードなトレーニングをしていました。その姿を目の当たりにしたことも印象に残っています。普段であれば知る由もなかった互いの苦労や想いを知ることも、互いをリスペクトすることの原点になると感じましたね。「合言葉はプレーヤーズファースト」のハンドブック作成の考え方に共通する部分です。こういったことのきっかけを作れれば、という思いがあります。 そういった皆さんの原点となる経験が重なって、きっかけを得て今回のこの一つのプロジェクトが立ち上がったわけですね。
松﨑 先ほど田嶋さんが言われたように、すでにグリーンカードや「合言葉はプレーヤーズファースト」、こどもエリア等、いろいろな取り組みが既にありました。だからすぐに入ることができたと思いますね。グリーンカードはこの考え方のキーワードの一つだと思っています。
小野 そういう意味ではフェアプレーも、以前はイエローカードとレッドカードの少ないチームという考え方だったのを、ポジティブ指標、かかわる要素を多角的に見る複数指標に変えたのも、この考え方の流れです。「~してはいけない」から「~しようよ」と。さまざまな原点や取り組みのすべてが一つ、ここにかかわってきているところですね。 実際にプロジェクトが始まって、一つの形になるまで苦労があったと思いますが、どのような取り組みがあったのか、説明していただけますか。
リスペクトを「大切に思うこと」としてプロジェクトを進めている
田嶋 私たちは、リスペクトを「大切に思うこと」としてこのプロジェクトを進めています。プロジェクトで集まってもらって話し合う中で、このキーワード「大切に思うこと」、ここを決めていく中でいろいろな議論がありました。まずはリスペクトということに限らず、日本人には外国語に対する精神的なバリアーがあります。なぜその外国語の単語を使うの、という抵抗が日本人にはあります。表現できる日本語があるだろう、という意見があります。そういう背景の中で、この言葉について考えました。 “Respect” を辞書で引くといろいろな訳語があり、それぞれ日本語でいい言葉があります。一言で言うとなんだろう、という議論をしたときに、「大切に思うこと」ではないか、といった人がおり、正にそれがベースなのだ、ということで意見がまとまりました。今思うと、この言葉が見つかって本当に良かったなと思っています。
松﨑 一番最初に、何を、という対象を考えましたよね。フットボール、ピッチ上、ピッチ外…。選手と審判等いろいろな関係があるので、尊重し合う、また規則等を順守する、ということもありました。それからサッカー場だったり、サッカーシューズだったり、用具を大切に使うということもある、という話が出ましたね。「大切に思う」という言葉を出してくださったのは、実は浅見俊夫先生(元審判委員長/前規律フェアプレー委員長)だったんです。リスペクトプロジェクトをやりたいという話を浅見先生にしたときに、言葉についても相談したところ、「それは『大切に思う』ではないか」と言っていただきました。
小野 最初は、審判と選手だけの関係の範囲だと「尊重し合う」という言葉で良かったのですが、対象を広くとったことで議論が深まり、その言葉が出てきたわけですね。
松﨑 選手同士、選手と審判。競技規則やルールを守る。用具を大切に使う…。「尊重する」ではぴったりと当てはまらなくなるのですね。
田嶋 その辺をじっくり話し合ったからこそ方向性がはっきりしました。グラウンドやボールを「大切にする」ということでしっくりはまったんですよね。
松﨑 まさに、対象をどうとらえるか、で出てきた議論でした。その上で、それをどう展開していくか、の議論になりました。ただキャンペーンする、では良くない。何が、が大切であると。
小野 さまざまなツールが用意されました。その辺の作業の過程をお話しいただけますか。
田嶋 ハンドブックをつくる最初の段階で、説教がましいこと、ネガティブな表現はやめようという話が出ました。いろいろ難しく硬い説明が並ぶ読み物にはしないようにしよう、と。できることならさらっと読んで、それがいいんだね、と心に残るようなものにしたいと考えました。短い文と写真ですばらしいものになったと思っています。この1 ~ 2 行の文章と写真からどう訴えるか、写真の選定にも議論を重ねましたね。 構成は、選手目線のページ、コーチ目線、審判目線、サポーター目線等、さまざまな目線で組まれていて、一読しても分からないかもしれませんが、何度も読むと味が出てくるといったものになっているのではないかと考えています。
松﨑 ワーキンググループでいろいろな話をしながら作りました。範囲も考えました。この過程でいろいろなことが勉強になりましたね。リスペクトということがより深く分かり、あらためて学ぶことができました。
小野 ワーキンググループには、JFA 各委員会、各部からもいろいろな人が参加してくれました。J リーグからも専門家としていろいろな人が参加し議論を詰めることができました。 「こうしなくてはいけない」「これは良くない」ではなく、短い文章と写真だけでほのぼのと伝わるというコンセプトでやりました。文章を足して補うなら簡単だったのでしょうが、写真一つ選ぶのも皆で苦労しましたね。その過程が楽しかったですけど。
松﨑 この本を使って、あるいは他のものを使って推進していきたいですね。登録審判員には、リスペクトのリストバンドとワッペンを全員に配布しました。このワッペンは着用を義務付けています。腕につけるべきか胸につけるべきかから始まり、これがきっかけに真剣に議論がなされているようです。リスペクトをどういうふうに試合で実践していけばいいのか、考えてくれているのです。そんなふうにリスペクトを考えてくれること自体すばらしいきっかけであると思います。
小野 ロゴは日比野克彦氏に作成していただきました。このほかには、ハンドブックをダイジェストにしたA4 三つ折りのリーフレット、大会プログラム等に挿入する1ページものも作りました。ハンドブックもHP で見れるようになっているので、ぜひ多くの方に見ていただきたい、活用していただきたいと思っています。イメージ映像も作成しました。 ここから、いくつかのツールができて、これらのツールを用いてどのように展開していってどのような姿に持っていきたいとお考えですか。
田嶋 まず、このリスペクトということが、「日本のいいところ」という面があると思います。海外から言われるのは、交代してグラウンドを去る選手がピッチに礼をする、それが日本人には自然にできる。それを海外から見たら日本人は礼儀正しくすばらしいね、と言ってもらうことがあります。観る人が観ると、心がこもっていることはちゃんと伝わると思いました。逆に、伝わらないところは伝わらない。 例えば、選手と握手するときに、代表レベルでもなかなかしっかり手を握らず、目を見ないことが多い。さらっと形式的に手を触れるだけです。これでは形だけで意味がない。握手はしっかり手を握って相手の目を見て行うもの。これは、JFA アカデミーでも非常に大事にしているところです。ハンドブックの17ページにあるのですが、「試合のはじめに相手の目を見てしっかりと握手する。リスペクトの証として」。写真はJリーグとK リーグのリーグ選抜の子どもたち同士の試合のキックオフ前の握手です。こういうところがもう少し自然に出てくるようになればと考えています。
小野 昨年の全日本少年サッカー大会でも、最初のうちは試合前の握手がおっしゃるように手を軽く触れるだけの形式的なものでした。途中で技術と審判の話し合いの中で、ここを変えていこうということで、審判アセッサーからユース審判に対して指導していただき、ユース審判が腰をかがめて子どもの目線に合わせ、しっかりと手を握る握手をするようにし、全体に広がっていったということがありました。26 ページはその写真ですね。
田嶋 そういうことを徹底し、もっと自然に当たり前にやれるようになりたいものです。まねごとで形式的にやっているうちはだめ。本人が内面的な動機で本当にありがたいと思ってやる。そのステップにしたいですね。これを出すことでそういうことに刺激を与えたいと考えています。
松﨑 現在、イングランドからインストラクターが来ていますが、彼に言わせると、「日本でリスペクトプロジェクトなんてなんでやるの、リスペクトはちゃんとあるじゃない」。海外から見ると十分に見えるのかもしれませんが、実際はまだまだ形式的なものが多いと感じています。本当に心からの行動にしたい。もちろんそうできている人もいるが、まだまだそれが全体に広まっているわけではありません。まずはサッカーの中でしっかり根付かせたいですね。
フェアで強い日本を目指す
小野 海外から見た日本、という面でいくつか話が出ました。リスペクトのワーキンググループでの話し合いの中でも出ましたし、リーフレットにも入れたのですが、「フェアで強い日本を目指す」という言葉があります。この辺についてはどうお考えですか。
松﨑 よく言われることですが、サッカーにはマリーシア等いろいろなことがあります。それがないから日本は弱い、と言う人もいる。「イングランドも南米に比べるとリスペクトが醸成されている、だから弱い」と言われることもある。でも、それは関係ないと思います。「フェアで強い」がいい。日本人ならそう感じる人が多いのではないでしょうか。相手がどう来ようと、それに打ち勝っていくのが日本人ではないか。そうありたいと考えています。
田嶋 FIFA(国際サッカー連盟)でも、シミュレーション等、審判をあざむく行為、ひじ打ち等、悪意のあるずるい行為を否定する動きがあります。FIFA もコントロールしようとしているのです。それがサッカーというゲームの向かう方向だと思います。そこはわれわれとしても日本らしさを求める方が良いと考えます。日本選手、チームの評判が海外の審判の中でも高く評価されるようでありたいです。
小野 世界で勝っていくためには他をまねて無理に背伸びしても仕方がないということですよね。最後は素の国民性が出て闘っていくもの。日本人が本来持っているものを生かして闘っていくことが大事だと思いますね。そうでなければ日本が勝つことはできないのではないでしょうか。
田嶋 日本人らしさを出して闘っていくことが大事ですね。そのことが結果的に受け入れられるし、最終的に勝つことの近道になるのではないでしょうか。
小野 リスペクトプロジェクトを展開しながら、今夏の全日本少年サッカー大会ではプログラムに掲載し、リーフレットを配布しました。選手宣誓では、大分の主将が「リスペクト宣言」を、自分の言葉で堂々と宣誓してくれました。すごく印象的でした。気持ちのいい、形というより心からの言葉であったと思います。
松﨑 大会は見れませんでしたが、リスペクトという観点でいかがでしたか。
小野 良い方向にいっていると思います。最近のいろいろな取り組み一つ一つのキャンペーンの効果が徐々に出てきているのではないでしょうか。選手、指導者の努力に加え、グリーンカード、技術と審判とのミーティング、一つ一つがこのプロジェクトで、点が線で結ばれてきた印象があります。
田嶋 グリーンカードは多く出ましたか?グリーンカードがもう少し生かせればいいのではないかと感じています。例えば、グループリーグで勝点や得失点差が並んだときには抽選ではなく、グリーンカード、フェアプレーが加味されるとか。
小野 その点で言うとUEFA は、UEFAカップの出場枠が3 枠、年間のフェアプレーコンテストの上位の国に与えられることになっているわけですから、非常に重要視されていることが分かります。FIFA だとユース育成に使用を限定したバウチャーが授与されたり。どれだけの重要性をもって設定しているかがうかがえます。 全日本少年大会やチビリンピックでは、フェアプレーコンテストの項目で、グリーンカードは加点になっています。確かに今田嶋さんが言われたことも考えられますね。ちなみに、フェアプレーコンテストは、全日本少年大会、チビリンピック、キリンカップ等で行っています。地域のプリンスリーグで導入してくれているところもあります。これも自然なこととしてぜひ当たり前にしていっていただきたいところです。
グリーンカードに関しては、まだ出す方が慣れていないので躊躇(ちゅうちょ)してしまう面がありますね。今年の全日本少年大会では、グリーンカードに関しては、1日目にあまり出なかったので、終了時点で、審判アセッサーの方がユース審判員にグリーンカードのDVD を使って研修を行い、翌日からはどんどん出るようになりました。研修を経て前日のプレーのさかのぼりもありましたし、ユース審判が見きれなかったものをアセッサーが出してくれたものもあったそうです。
松﨑 グリーンカードは、昨年のガールズエイトでも積極的に出すよう指導しました。大会の性質もあるとは思いますが、笑顔でためらいなくたくさん出せていました。迷いなく自然に流れの中で出せるようにDVDも作成しましたので、ぜひ見ていただき、積極的に出していただきたいところです。
小野 研修、ディスカッションしながら積極的に出す姿勢を大会中に示していただけたのは非常にすばらしいことだと思いました。
松﨑 グリーンカードの導入の経緯は田嶋さんが技術委員長だったときからでしょうか。
田嶋 2003 年1月のフットボールカンファレンスで、アンディ・ロクスブルク氏(UEFAテクニカルダイレクター)が、ディスカッションの中で情報としてフィンランドでの例を教えてくれたものを、その後すぐに取り入れました。その後AFC(アジアサッカー連盟)でも導入されています。また、その年にU-6 からキッズのガイドラインを作成したので、その中にも掲載し、キッズリーダー講習会の認定証にも活用して普及を図りました。 グリーンカードに関してもう一つ、強く印象に残っているのは、2005 年6 月のFIFA U-20 ワールドカップですね。その当時は、ホイッスルが鳴ったら相手ボールには一切触るな、ということがFIFA から強調されていた時期でした。FIFA コンフェデレーションズカップとほぼ同時期に行われたものです。オランダの選手が、相手のFKになった際にボールを返したらイエローカードが出てしまったのです。試合後の記者会見でオランダのコーチから「あれはグリーンカードものなのに、なぜイエローカードが出されなくてはならないのか」という発言がありました。「オランダでもグリーンカードという概念がこんなに浸透しているのか」とそのときつくづく感じましたね。日本でもここまで浸透させたいと強く感じました。
小野 グリーンカードの考え方は、このリスペクトのハンドブックのコンセプトそのものですね。「これをしてはいけない」ではなく、心から良いと思ったことをやり、それを褒める、というものです。
松﨑 どうしても日本人はマイナス、ネガティブな視点から入りがちですからね。特に審判はそういう面が強いかもしれません。そこをポジティブに変えていきたいというムーブメントの一つです。
小野 審判だけでなく、コーチも同じですね。さらに、保護者、サポーター等、すべてがこの「リスペクト」の絆で結ばれたらすばらしいですね。
松﨑 まさに文化。皆がこうなっていけたらすばらしいことです。サッカーだけではないですよね。
小野 サッカーが文化として根付く。さらに広く、スポーツが広く文化として根ざしていく。
田嶋 他のスポーツと一緒にやろうという前提にありました。だから他のスポーツの写真もほしかったという思いがあり、2 ページに野球とサッカーの子の写真を入れました。サッカーだけがリスペクトプロジェクトをやっています、というのは社会で通らないですね。スポーツ全体がそうなり、子どもの健全な成長にスポーツが大いに寄与している、とならないと、認められていかないと思います。次のステップとして、サッカー外へも広めていきたいです。また、今は何のスポンサーも受け入れずにやっています。最初は自分たちの気持ちで、という思いがあります。しかし、広めていかなくてはなりません。その方が広まるのであれば、あるいは十分な活動ができないのであれば、スポンサーの協賛をいただいてやっていくことも考えていきたいと思います。広めるためには、メディアに限らず、行政やさまざまなイベントに広めていくことも考えていきたいです。
小野 J リーグ各クラブとの共同も力になりますね。その先にスポーツが文化となる。文学や芸術と同じように、スポーツが文化として国民の生活の中に浸透していくことを目指したいですね。では、まとめとして一言ずつお願いします。
田嶋 これが必要なくなればいいと思っています。リスペクトが当たり前になり、わざわざキャンペーンやセレモニーをする必要がなくなるようになることが理想です。それがサッカー、スポーツの価値を高めていくことにつながると思います。こういったことはまさに今の社会に必要なことだと考えています。究極の目的は、日本社会にこういった価値観を広めることです。
松﨑 同感です。日本人はもともとリスペクトできる国民だと思います。日本人らしさを追求していけたらと思います。そのことにサッカーが寄与できればうれしいです。
小野 スポーツが日本の中で文化として根付く、そのために全国のサッカー仲間が力を合わせるきっかけとなってくれるとうれしいですね。
技術と審判の協調(第33回全日本少年サッカー大会から)
第33回全日本少年サッカー大会審判主任インストラクター布瀬直次氏に聞く
聞き手:眞藤邦彦(JFA インストラクター)
眞藤邦彦(以下、眞藤) 今大会を振り返ってみて、審判研修の成果はいかがでしたか(準決勝前にインタビュー)。
布瀬直次(以下、布瀬) 研修のキーワードやテーマに対して忠実に実践し、ゲームコントロールすることです。
眞藤 どんなキーワードやテーマで研修を進められましたか。
布瀬 まずは選手のリスペクト宣言で今大会が始まりました。同様にレフェリー同士もリスペクトすることから始めました。今大会はアセッサー17 名、審判64名(女子1 級3 名、地域35歳以上2 級5 名ほか、若手2 ~ 3 級56 名)が参加しました。最初は、大きな集団の中でそれぞれが緊張し、「この人はどんな人なのだろう、うまい人なのだろうか」などと探りながらの集まりであったと 思います。しかし、まずお互いをリスペクトし合い、認め合う中で今大会を良いものにしていこうと確認し、実にスムーズに良い形での研修が始まりました。 その研修で、「ゲームを通して子どもたちが思う存分プレーでき、フェアで楽しいこと」という原点に立ち返り、ゲームをつくろうとしている選手を支える気持ちをモットーに、良いレフェリングを目指しました。
眞藤 ところで、今大会のテーマは何ですか。
布瀬 まずはキーワードを設定しました。キーワードは次の7 つです。 「謙虚に・真剣に・審判をすることの楽しさを再確認」「仲間との共同作業」「正しい判定を目指す」「プレーを観るために動く」「真摯に真剣に取り組む」「審判団は、第3 のチーム。主審はリーダーとして、副審・第4 の審判員は良きアシスタントとしてレフェリングを楽しむ」「オン・オフを明確にし、オフ・ザ・フィールドでも自覚を持つ」。 また、今大会でのトピックスであるRESPECT(リスペクトプロジェクト)についても理解を深めました。お互いを「大切に思うこと」について、審判もしっかりとリスペクトの精神を学びました。それぞれが地域へ広げていくことも確認できたと思います。 そして、今研修会の目標は「競技規則の精神について理解を深めること」でした。
●競技者の安全
保護(後処理ばかりでない 「気付き」を持とう)
●平等
平等・公平(フェアであることが最も重要な役目)
●楽しさ
以上のことをゲームで表現できるようにしていきました。
眞藤 競技者の安全の中で、「後処理」とありますが、具体的にはどのようなことですか。
布瀬 準決勝では特に暑い中でのゲームとなりました。もちろん給水タイムは取りましたが、それだけではなく、子どもたちのプレーを観察していて、個々への配慮を含め、怪我の予防に努めることも大切であるということ、そういった気付きを持ちながらゲームを進めていこうということです。
眞藤 それでは今大会の子どもたちのプレーを見ての感想を含めて、審判の研修を振り返ってください。
布瀬 大会に参加したチームがJFA の発信している指針に沿って、「観て考えて」プレーしていました。また、子どもたちのプレーに無限の可能性を感じました。そのことを踏まえて、「観て考えて」の部分で審判も同じだということを研修でも伝えました。加えて、レフェリーも子どもたちのプレーから学ぶことが大切であると強調しました。レフェリーも観なければならない。それも漠然と観るのではなく、観察することが大事です。それは、チームとして個人として何をしようとするかを観て、感じてほしいからです。その上で、目標である競技規則の理解を深めていくことが大事であると考えているからです。
眞藤 その結果として審判研修の成果はどうでしたか。
布瀬 審判員の中には、ゲームが始まるとファウルを見つけにいくようなレフェリングになってしまう者が、時折見受けられることがあります。ゲームの流れに沿って「スピーディーで、フェアで、タフな闘い」を続けさせるという目的がしっかりと展開されるようにしていくことが大事であることを強調して伝えました。その上で、接触が些細なファウルなのか、その影響の度合いを見てプレーを続けさせられるかどうかの判断をするのがレフェリーの重要な仕事であることを研修しました。戦わせる部分の見極めと、判定基準に沿って、手の不正使用等についての一貫した判定についての理解がかなり深められたと考えます。
眞藤 今大会でも技術と審判の協調について取り組みましたが、それについてお願いします。
布瀬 まずは「みんなつながっている」ことを確認しました。選手と審判団が敵ではなく、また指導者とも相反するものではなく、皆がお互いにつながっていることをうれしく思っています。技術と審判だけでなく、チームのコーチの質問に対しても、真摯に受け答えしていきました。私たち長らく審判に携わってきた者が、インストラクターとなり、指導者の方々と旧交を温められる場面が多くあることも本大会の特徴と感じます。選手から指導者、審判員からインストラクターと立場を変えて、再会を喜んで昔を懐かしむことができたのも良いことではないかと思います。また、審判と技術との協調では、「こっちはこっちでやっているんだ」というような隔たりはなく、この年代の将来をどのようにしていくのか、プレーをどのように考えていくのかを一緒に考えていくことこそ、何よりの取り組みだと思います。これからも選手の将来を見据えて、一緒に日本のサッカーを考えていきたいと思います。われわれが子どもたちの将来に触れ、つながっていることを強く感じた取り組みでした。
眞藤 最後に研修をされた審判の方々に一言お願いします。
布瀬 今回集まった審判団の平均年齢は19.5 歳です。選手が17 歳でJリーグに出ている現実を考えると、目の前の子どもたちが5 年後にはJリーグで活躍していることもあるのです。可能性を感じる子どもたちがトップで活躍します。同じステージで、われわれもうまくなって(さらに上級審判員として)再会できるように、今後も研修し続け、頑張っていくことを確認しました。
まとめ
今大会の取り組みでは、各ゲームにおいてスピーディーでフェアでタフに戦う選手を育てるために、レフェリーアセッサー(審判)とナショナルトレセンコーチ(技術)が子どもたちのプレーやレフェリングについてさまざまなディスカッションを行いました。審判や技術、あるいはチームの指導者や保護者も含めて、子どもたちとかかわる大人が、子どもたちとかかわる環境をつくり上げ、その環境でたくましい自立した選手が育っていくことを考える良い機会になりました。ぜひ各地域でも、技術と審判の協調を目指して取り組んでいただきたいと思います。