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自らへのリスペクト ~いつも心にリスペクトVol.11~
2014年04月01日
サッカーの世界を追いかけていると、ほんのたまに、「すごい!」と、思わず感嘆の声を上げてしまう出来事に出くわす。2012年9月にイタリアのナポリで行われたセリエAのナポリ×ラツィオの立ち上がりに起きた「事件」もそのひとつだった。
ラツィオの右CK。相手DFと競りながらゴール前でジャンプするラツィオのFWクローゼ。飛び出すナポリGK。次の瞬間、コースが変わったボールがゴールに吸い込まれていく。クローゼをもみくちゃにしながら狂喜するラツィオの選手たち。しかしナポリの選手たちは猛然とルカ・バンティ主審に詰め寄り、抗議する。実はボールはクローゼの手に当たってゴールに入っていたのだ。
しかし主審も、副審も、そしてゴールの右、10メートル離れたゴールライン上でプレーを注視していた追加副審も、その瞬間をとらえることはできなかった。笛は吹いたものの、バンティ主審は明確な判定を下すことができなかった。
仲間の歓喜の輪から静かにクローゼが出てきたのはそのときだった。彼はバンティ主審のところに歩み寄ると、「僕の手に当たってゴールに入った」と告げた。バンティ主審は「わかった」とうなずくと、「ありがとう」とクローゼに右手を差し出した。
ドイツ代表FWミロスラフ・クローゼは、「ミスター・フェアプレー」とでも呼ぶべき選手だ。2005年にも、彼の所属チームにPKを与えて相手GKを退場にしようとした主審に「相手GKが先にボールに触れた」と告げ、PKも退場も取り消させている。
「テレビの前で多くの少年少女が見ている。僕たちは彼らに手本を示す責任がある」
ナポリ戦の後、クローゼは笑顔も見せずにそう話した。
こうしたクローゼの行動の背景に何があるのか、私はずっと考えてきた。自分の手に当たってゴールに入っても、サッカー選手の大半は「レフェリーがゴールと言えばゴール」と、口をつぐんでしまうに違いない。多くのサッカーファンも、そうした行為を「当然のこと」と考えているだろう。しかしクローゼは、チームの利益を放棄することを知りつつ(結局この試合、ラツィオは0-3で敗れた)正直に話した。
クローゼの心の動きを考え続けた末に思い至ったのが、「リスペクト」という言葉だった。
辞書を引けば「尊敬する」「尊重する」「敬意を払う」というような訳語が出てくる。しかし2008年にリスペクト・プロジェクトをスタートした日本サッカー協会(JFA)は、「大切に思うこと」という素晴らしい日本語でそのイメージを表現した。この言葉を提案したのは、元審判委員長の浅見俊雄さん(現JFA顧問)だという。
選手と審判員、コーチ、役員、そしてサポーター、選手の父兄などサッカーに関わるあらゆる人が、競技施設や用具を含めて互いにリスペクトの心を持てば、自然にサッカーが美しいものになっていく。
しかしリスペクトは他者に対するものだけではない。
クローゼが正直に話したのは、サッカーを愛する少年少女の心を傷つけたくなかったという意図もあっただろう。しかしそれ以上に「卑怯者になりたくない」という思いが強かったのではないか。
自分自身の能力と努力と献身でゴールを取りたい。それこそが自分の勲章になる。そこに正しくない手段で入れた1点、本当はゴールでないのに口をつぐんだ結果、認められたものがひとつでもあれば、積み重ねてきたものの価値が根底から失われてしまう…。
クローゼは自らを誇りにできる人間でありたかった。だから主審に話したのではないか。それは、「自分自身に対するリスペクト」と呼ぶべきものだ。 他者に対してリスペクトの心、大切に思う心を持つためには、その前提として自分自身を大切に思う「セルフ・リスペクト」が必要なはずだ。自分自身を大切にするから、当然、同じように思っている他者を大切にする—。日本の少年少女や若い選手たちにも、そうした心のプロセスを働きかけていかなければならないと思う。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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