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【ワールドカップを戦った男たち#第4回】大久保嘉人
2018年06月27日
SAMURAI BLUEは、「2018FIFAワールドカップ ロシア」グループステージ第3戦のポーランド戦に向けて準備を進めています。
4年に一度開催されるサッカーの祭典は、これまでに多くのドラマを生み出し、世界中の人々を熱狂させてきました。
実際にその舞台に選ばれた選手は、どのような想いでプレーしていたのでしょうか。そして、そこで感じたものとは?2010年南アフリカ大会、2014年のブラジル大会と2度のワールドカップに出場した大久保嘉人選手に話を訊きました。
「レンガを積むときには、縦にばかり積んでもだめ。横に積むことも必要なんです。たまたま自分が縦に積む番だった」と岡田武史監督(当時)が振り返った2010年の 南アフリカ大会では、自国開催の2002年以来のベスト16進出を海外で成し遂げた。その2010年大会のSAMURAI BLUEは、「チーム一丸となっていた」と大久保嘉人選手は振り返る。
当時勝つために監督から提示されていたのが、
「球際で勝つ」
「1人1キロ多く走る」
「中距離のパスの精度を上げる」
ということだった。岡田さんは最初の2つについては改善できたと、複数の媒体で8年前を振り返って語っている。ところがどうしても中距離のパスの精度が上がらなかったとも述べている。
結果も頭打ちとなり、本大会直前の4月7日に行われたセルビア戦(0-3)、5月24日の韓国戦(0-2)と連敗。SAMURAI BLUEを取り巻く日本の空気はどんどん悲観的なものになっていた。そんな中、代表選手たちも対策を考えていた。
「結果がついてこなかったので、これをどうすればいいのか。選手同士で話し合ってかなり議論はしました。その中で前線の選手と守備陣の選手とで言い合いにもなりましたし、それくらいの激しさはありました。ただ最終的に意見がまとまって、岡田さんのところに(阿部)勇樹さんだったか、(中澤)佑二さんだったかが話に行って、それで岡田さんが変えようということで大会に入りました」
岡田監督は、それまでの攻撃的な戦い方を転換し、守備的に戦うという方針変更を5月24日の日韓戦後に決断。そこから新戦術にトライし迎えた最初の試合が5月30日のイングランド戦だった。大会初戦となるカメルーン戦が6月14日に行われることを考えれば、わずか3週間程度の準備期間しかなかった。圧倒的に時間が不足するなか、それでも2010年の日本代表は躍進した。なぜなのか。
「監督が戦術を勝手に変えたところで選手がついていくかと言うと分からないところもある。南アフリカ大会のときに良かったのは選手が話し合って監督に言って、それを監督が受け入れてくれ、決断してくれたというところ。ここに尽きます」
選手たちからの進言を受け入れた岡田監督の方針転換はすなわち、選手たちの自主性を引き出すことでもある。
「みんなが決めて変えた以上、選手はやらなければならない。だからこそ試合に出ている人、出ていない人、皆が同じ方向を向いて一丸となれました。だからどんな形でもいいから絶対に勝ち点を取る、という意気込みをチームとして出せました」
試合に出ているメンバーに対し、外れる選手も出て来る。岡田監督が戦術変更を決断した最初のイングランド戦で、それまでのメンバーから外れたのは楢﨑正剛選手と、中村俊輔選手だった。とくに中村俊輔選手はその経歴を考えれば、メンバーから外れた悔しさが態度に出ても不思議ではない。ところが大久保選手は、中村俊輔選手の献身的な姿を見て決意を新たにしたと話す。
「南アフリカの時はシュンさん(中村俊輔)とか急に外れて。でもそういう人たちがオレたちにタオルを絞って手渡してくれるんです。そんな事をしてもらったら、試合に出ているオレたちはなおさらのことやらないと、って思いますよね。そうやってチームが一丸となれたと思います」
グループステージ突破の南アフリカ大会と、2敗1分けでグループステージ敗退となったブラジル大会とを比べ、大きく違っていたのが「一つの方向を向けるかどうか」だったと話す大久保。
「みんな個性が強いから、それが一つの方向に向けば間違いなく強いけど、誰かしらあれこれ言い始めたら収拾がつかなくなる。チームとして、国の代表として成り立たない。あのときは、間違いなく全員が同じ方向を向いていた」と断言。強固な絆で結ばれた2010年のSAMURAI BLUEは、一枚岩になって大会初戦のカメルーン戦を迎えた。
「夢が叶ったと言うか、テレビでしか見たことがなかったのでピッチに入る前には感情が高ぶったところはありました。ただ、いざ入場してみたら、お客さんがあまりいなかったんですよね(笑)。逆にそれが良かったというか(笑)。何も思わずにすんなりと試合に入れました」
試合は本田圭佑選手が前半39分に先制点を決めてリードを奪う。優勢に立つSAMURAI BLUEではあったが、ピッチ内では恐怖との戦いでもあったという。
「やられるんじゃないか、という怖さは大きかったですよ。でもそこで守り抜いてどういう形でもいいから1点を取って、しのげれば勝てるかもしれないと思っていました。だからみんな走れたし、攻撃をしなくてもディフェンスでしのげばいい。最悪引き分けでいいと思っていました」
左ウイングバックに入った大久保選手と、右ウイングバックに入った松井大輔選手に与えられた仕事は過酷なもので、サイドライン際を攻守に渡り激しく上下することを求められ続けていた。
「オレと松井さんなんて90分持たせなくていいよと言われていました。代えてやるから、ガンガン走れと言われていました」
1-0で勝利したカメルーン戦、大久保選手は82分でベンチに退いている。さぞかし疲れ果てていたのだろうと聞くと「まだやれました」と意外な答え。しかし、交代させた采配についてはこう話す。
「ただ、あそこのポジションは新しい選手が入った方がいいと思ったんですよね。終盤にフレッシュな選手が入ったほうが、チームのためになると思ったんです」
もっと試合に出たい、ではなく、まずはチームのために。大久保選手のその思いはチーム内に浸透していた。試合に出る選手は出る選手で、出ていない選手は出ていない選手で、それぞれに与えられた役割を全うする。言葉だけの「チーム一丸」ではなく、南アフリカの地で日本代表選手が身をもって示した「チーム一丸」がそこにあった。それだけやり続けなければワールドカップ本大会での勝利はおぼつかないということなのだろう。
そうやって初戦を勝てたことでチーム内に劇的な変化が生まれた。
「2試合目はあのオランダですよ。あのオランダに対してオレたち、『勝てるんじゃないか?』と思えましたからね。それくらいに気持ちは変わりました。それくらい初戦の勝利は必要なんだなというのは感じました」
ただ、そんなに世界は甘くない。オランダには0-1で敗れてしまう。
「簡単ではなかったですけれども、その前(戦術変更前)の日本代表だったら大敗していたんじゃないかなと思いますね」
オランダ戦を落として迎えた3試合目のデンマーク戦。引き分け以上でグループステージ突破が決まるこの試合で、岡田監督は戦術を変更して臨んでいる。
「オレがトップ下に入りました。それまでの試合でスルーパスを出す選手が多かったので、オレが作るという話になったんです。ただ、攻撃になった時に攻められなくて。途中でオレが無理だなと思って、それで前の選手たちで話して変えようということでベンチに伝えました」
ピッチ上の選手たちの要望に対し、岡田監督は即座にOKを出す。
「中でプレーしている選手たちのほうがわかりますし、そういう気持ちをわかってくれたんだと思います」
大久保選手は左にずれ、松井選手が右に移動した。
「そこからすぐに点が入ったんじゃなかったですかね」
試合は前半17分に本田選手がFKで先制点を奪うと、続く30分に遠藤保仁選手もFKをねじ込む。試合終盤に1点は返されたが、87分に岡崎慎司選手がダメ押し点を決めてSAMURAI BLUEが快勝。ベスト16進出を決めた。
SAMURAI BLUEにとってベスト8が未知の領域であるのと同じように、ノックアウトステージ初戦の対戦相手、パラグアイ代表もラウンド16が鬼門となっていた。1986年メキシコ大会でイングランドに0-3で敗れた経験を皮切りに、1998年フランス大会でフランスに0-1、2002年日韓大会ではドイツに0-1で敗退。2006年ドイツ大会ではラウンド16どころかグループステージ敗退という戦績のパラグアイ代表にとっても、南アフリカ大会での日本戦はまだ見ぬベスト8入りをかけた大一番。パラグアイ代表にとっても国民の絶大な期待を背負う一戦だった。
「勝てた試合でしたね」と話す大久保選手は、それでも120分を通して勝ちきれなかったパラグアイ戦について、日本との違いを次のように述懐する。
「激しさというのはパラグアイにはありましたね。ずる賢さもあるしそういうところは相手の方が上でした」
「でも」と言葉を継ぎ足すと、「その他を見れば全然日本の方が上でした。だから本当にちょっとしたところで試合結果が変わるんだなと感じました」と話した。
ベスト16で敗退したにも関わらず、帰国時の盛り上がりに驚いたという大久保選手は「ダメな時はめちゃくちゃに言われますけれども、いい時は、と言ってもベスト16なんですけどね。それでもみんな喜んでくれて。そういうものなんだろうなと思いますし、それがスポーツの醍醐味というか。だからこそやっていて楽しいですね」と笑った。
文字通りチームが一丸となって戦い、英雄として日本に帰還した経験と、期待されつつも敗退したブラジル大会の2つの大会を経験した大久保選手にロシアで戦うSAMURAI BLUEにコメントをもらった。
「前評判は落ちるとこまで落ちている。ただ、オレたちの方(2010年の南アフリカ大会)が落ちていたから。あとは上がるだけだし自信を持って同じ方向を向いて、あとはやるだけだと思います。意地を見せてみんなのブーイング(期待や評判)を見返してほしいですね」
大久保が期待をかけたSAMURAI BLUEは、劣勢が予想されたコロンビアとの初戦で勝利。幸先の良いスタートを切った。
2010年大会の再来はあるのだろうか。大久保は同じ経験を積んだ選手として、エールを送っている。
(この記事は、6月24日(日)にインタビューしたものです。)
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