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大畠襄先生の訃報に接して 田嶋幸三会長お悔やみ
2024年02月14日
JFAスポーツ医学委員長、FIFAスポーツ医学委員、AFCの医学委員長などを歴任した大畠襄さんが2月9日、都内の病院で逝去されました。93歳でした。
大畠さんは1964年にJFA(当時、日本蹴球協会)で医事活動をスタートされ、1970年に日本代表初のチームドクターを務められました。以後、10年にわたり日本代表をサポート。1995年にはJリーグにドーピングコントロールを導入されるなど、スポーツ医学の発展に寄与されました。
ここに謹んで哀悼の意を表し、公益財団法人日本サッカー協会会長 田嶋幸三よりお悔やみの言葉を送らせていただきます。
日本サッカー協会会長 田嶋幸三
大畠先生は、まだ多くの人々が“チームドクター”の意味や役割を知らなかった時代に、JFAで医事活動をスタートされ、1970年のアジア競技大会に日本代表のチームドクターとして同行。以降、チームドクターの存在を当たり前のものにしてくださいました。大畠先生のような先駆者がいてくださったからこそ今日の日本サッカーの成長があります。「アジアスポーツ医学の父」と称される通り、サッカーのみならず、アジア、そして世界のスポーツの発展に貢献された唯一無二のドクターでした。長年にわたるサッカー界、スポーツ界、医学会へのご貢献に敬意を表するとともに、心から感謝の意を表します。
大畠先生が安らかな眠りにつかれますよう、心よりお祈りします。
大畠襄先生の略歴は以下よりご確認ください。
https://www.jfa.jp/about_jfa/hall_of_fame/member/OHATA_Nozomu.html