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その国の文化の中にあるリスペクト ~いつも心にリスペクト Vol.130~
2024年03月26日
そのニュース速報が流れたのは、元日に行われたサムライブルー(日本代表)とタイ代表の試合直後のことでした。石川県能登地方での地震速報。「本震」は最初の速報から数分後のことだったと思います。このときには、国立競技場の記者室でも揺れを感じました。
その後の大津波、火災、地域の孤立、停電、断水など、極寒の中、被災地の人々の苦しみが伝わってきました。そんな中、被災地から300キロ以上離れた東京の羽田空港であわや大惨事という事故が起きました。翌2日夕刻、被災地に向かおうとしていた海上保安庁の小型機と日本航空の大型旅客機が滑走路で衝突したのです。
海上保安庁の小型機に乗っていた6人のうち5人が死亡、1人が大けがを負いました。しかし、たちまち大炎上した日航機から乗客乗員379人全員が無事脱出できたのは、奇跡的なことでした。航空会社の日ごろの訓練とともに、恐慌をきたさず乗員の指示に従って整然と脱出した乗客の「規律」のおかげだったと言われています。
こうした航空機事故が起こるたびに、私は2つのサッカーチームを襲った悲劇を思い出します。ひとつは1949年5月、トリノという、当時イタリアで無敵を誇ったクラブを襲った悲劇。そしてもうひとつは、1958年2月、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドの悲劇です。
トリノは、ポルトガルのリスボンで親善試合をした帰りにトリノ空港への着陸態勢に入ってから市の郊外の丘に激突、選手18人を含む30人が亡くなりました。そしてマンチェスター・ユナイテッドは、ユーゴスラビア(現、セルビア)のベオグラードで行われた欧州チャンピオンズカップ(現、チャンピオンズリーグ)の試合からの帰途、ミュンヘン(ドイツ)での給油からマンチェスターに向かおうとしたときに離陸に失敗、乗客乗員44人のうち23人が死亡し、チームは8人が死亡、7人が重傷を負いました。トリノもユナイテッドも、実質的に一瞬のうちにトップチームをそっくり失ったのです。
しかし悲劇は、同時に、周囲にリスペクトの心も生み出します。
事故が起こった時点で、イタリアの「セリエA」は4節を残すだけでした。トリノは首位に立ち、5連覇の偉業を目前にしていました。しかし2位インテル・ミラノも迫っていました。トリノは残りの試合をユース選手で戦うしかなく、インテルの逆転優勝が濃厚と思われていました。
ところが、ここからトリノとセリエAで対戦した4クラブが、すべてユースチームを送り出してきたのです。トリノは4連勝でシーズンを終え、航空機事故の犠牲者たちに「5連覇」を報告することができました。
マンチェスター・ユナイテッドも、ユース選手を中心にチームをつくり、シーズンの残り試合に臨みました。そしてFAカップでは「ラウンド16」に当たる第5ラウンドから3連勝して決勝進出という快挙を成し遂げました。しかし14節も残していたリーグ戦では、まったく違う戦いになったのです。
主力の大半を失ったユナイテッドに対し、いくつかのクラブは選手の貸し出しを申し出ました。一方で、「ユナイテッドを助けるために自チームを弱くすることなど、ユナイテッドは望んでいない」という意見もありました。
結局、14試合すべての対戦チームは、ベストの布陣でユナイテッド戦に臨みました。その結果、ユナイテッドは残り試合で1勝しかできず、5分け8敗で最終順位は9位にまで落ちたのです。
同じような状況の中、イタリアとイングランドで対照的な対応が取られたのは、とても興味深いことです。しかしどちらが「正しい」ということではありません。
リスペクトやフェアプレーは、それぞれの「文化」の中に生きているからです。違った文化を持つ2つの社会の間で、リスペクトの具体的な表れが違うのは当然だと思うのです。そして2つの国のまったく逆な対応の中に、それぞれに見事なまでの「リスペクト」の形を見るのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2024年2月号より転載しています。
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