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アジアのピッチから ~JFA公認海外派遣指導者通信~ 第3回 金子隆之 中国江蘇省女子ユース代表監督
2015年03月06日
アジアの各国で活躍する指導者の声を伝える「アジアのピッチから」。第3回は、2014年6月から中国江蘇省女子ユース代表監督を務めている金子隆之氏のレポートです。
中国の暮らしについて~おおらかな気質
南京への赴任前は、過去の歴史から色々と心配した面もありました。しかし、赴任以来、歴史的な影響を感じることは一切ありません。生活習慣の違いはありますが、中国人スタッフや南京日本人会の方々に助けられ不自由なく暮らしています。江蘇省は上海の北西に位置し、平坦で広大な土地と長江のまわりには多くの水源を有しています。人口は約7900万人。私の住む省都南京市も茨城県より少し広い程度ですが、人口は茨城県の約2.5倍の820万人おり、市街地はどこも人が溢れています。
食事は日本で食べる中華料理となんら変わりがありません。味は素材そのままか辛めの味付けが基本なので、自分で調合した調味料、薬味で色々な味を楽しんでいます。興味深かったのは、センターの食堂や街中の料理店で2、30枚の薄いテーブルクロスが事前にかけられていることでした。こちらの方は、驚くほどの量を注文し、魚や肉の骨、エビ、カニの殻などをそのクロスの上に直接捨てるのですが、従業員が食後にそれらをクロスごと一気に片付ける様には驚きました。
交通事情は、高鉄と言われる新幹線、また南北に地下鉄が走っています。交通網は今後さらに整備されるようですが、朝晩は東京都内以上に交通が渋滞しています。人々は横断歩道が無い場所や交差点の信号にも関わらず平気で道路を渡り、車もクラクションも気にしていません。また速度が50Kmは出せるという電動自転車に3人乗り、中には5人乗りをしている中高校生と思える少年少女がおり、驚きかつ、よく事故が起こらないものだと感心しています。
人々の気質は、大陸気質なのでしょうか、おおらかで細かいことはあまり気にしない、というのが私の印象です。全国大会などの年間の日程のみならず、月間、週間のトレーニングスケジュールを提出しても、当日の使用ピッチ、時間の変更は当たり前、練習試合の相手も前日に決まることもあります。そのため、日ごろから様々な状況を想定し瞬時に対処する、まさにゲーム状況のような対応が求められています。トレーニングでは事前に求める基準を示し、スタッフとの共有を図ることで、選手に質の向上を求めています。
褒める指導で見えた変化
私の指導の場である江寧足球訓練基地は、天然芝8面半、人工芝1面、トラック付きスタジアム1面、235室の主宿泊棟他5棟の宿泊寄宿棟、400人収容の大食堂、会議室棟などを有する中国有数のトレーニングセンターです。
中国の少女たちは、日本でいう「指示待ち」で、自発的行動をしない習慣があります。教育、家庭環境が影響しているのかもしれませんが、言われた通りに行動しないと目上から怒られてしまうことへの反動ではないかと思っています。そこで私は、プレーがうまくいった時、選手がアイディアを見せた時、些細なことでも普段の行動に変化があれば褒める、“褒める指導”を行っています。周りの中国人スタッフは選手に優しすぎると最初は否定的でしたが、徐々に選手のプレーに変化が現れた半年後の今では、褒める指導を肯定的に捉えてくれています。選手も最近では、トレーニングに積極的になり、楽しみながら上手くなることを実感してくれているようです。中国の選手のベースは真面目さだと思います。自分にプラスになると思えば熱心に話を聞きそれを実行しようとしてくれますので、オンザピッチ/オフザピッチ両面から考えさせることの習慣化、自己解決を指導しています。彼女たちのその熱心な姿勢は、私も見習うところです。
女子チームの指導者を対象とした講習会には、江蘇省内の各市から女子チームのコーチのみならず男子チーム、キッズ、シニアのコーチも参加してくれました。参加したコーチからは、「日本の指導者養成は中国の遥か先を行っている。」、「年代別の指導を詳しく知りたい。」など好意的な意見をいただき、少し照れくさい思いでした。こちらの試合では幼年期でも「勝利至上主義」でスピードとパワーを要求し、失敗を責め立てることが多く見られるため、今後も褒める指導を伝え、育成の重要性を認識してもらう一助になればと思っています。在任中は講習会を継続して定期的に行う予定です。
日本の女子サッカーに対しては、4年前のなでしこジャパンのFIFA女子ワールドカップ優勝、昨年のU‐17ワールドカップ優勝などの成果に多大な敬意と憧れを持って見てくれています。ただ日本のやり方を模して戦えばすぐに勝てるわけでなく、結果に至るまでのプロセスが重要です。これらの成果が一朝一夕に達成されたものでなく多くの関係者の努力によるものということを理解してもらえるよう、根気強く説いています。
Jiangsu’s Wayの確立をめざして
江蘇省(Jiangsu)が発信の場となり、中国が男子、女子ともに世界で戦える存在になることが、ひいては日本が強くなることに繋がると思っています。その理想を目指して、江蘇省のサッカーがさらに良いものになることを望んでいます。Japan’s WayならぬJiangsu’s Wayをスタッフとともに確立できればと思っています。
日本と中国の間には遠く昔から交流がありました。現在、確かに政治的には問題を抱えています。しかし、個々人の間には、それを超越した心の繋がりがあります。私が今ここ中国で働くことができるのも、国交回復前から日中友好を推進している多くの方々の努力によると思っており、私もサッカーを通じて互いに両国を理解し合う一助になれればと思っています。いつの日かあえて“友好“という言葉を使わない、本物の関係ができれば良いと思っています。
金子隆之 氏 プロフィール
日本ユース選抜監督、JFAナショナルトレセンコーチ関東、水戸ホーリーホックのジュニア監督及びアカデミーダイレクター等を務める。2014年6月より、中国江蘇省に派遣中。